第5話 草食系異世界男子の、乾杯。

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第5話 草食系異世界男子の、乾杯。

 「何だよ、やっぱりナヨチンだったな。しかも『天下一』にならないと帰れないって、オマエなかなかハードル高いぞ」  アタシがそう言うと、ナヨチン(一ノ瀬優斗)は「な、何だよそれぇ……」と力なくカウンターに頭を落とす。  「『天下一』ねえ。レディアは結構『天下一』に近いんじゃないのぉ?」  「アタシか? アタシはまだまだだよ。やっと去年『名工』になったばかりさ。『天下一鍛冶』にはどれくらいかかるのか、見当もつきゃしねーよ」  「『天下一』か……俺も随分と昔、目指したこともあったっけなあ……」  骸骨ジェイクが、遠い目をしてそんなことを言う。  つーか、目は無いが、それっぽい雰囲気出そうと頑張ってる。  「ジェイク、見栄張ってんじゃねーよ。ステータス見りゃ一発で嘘バレんぞ。おい、見せてみろよ」  「俺ばっかりってのもな。どーせならジェニーも含めて皆で見せ合おうぜ」  「あらぁ、いい女には秘密が必要なのよぉ」  「見せたくない『カード』は伏せておきゃいいだろ。じゃ、せーので開こうぜ、せーの!」  アタシの合図で一斉にステータス画面を開く。  お、二人ともなかなか優秀……っつーか、凄えな。  骸骨ジェイク、このステータスはどっかの領主でもやってたんじゃねーかってくらいのモンだ。  ジェニーも、あらら、こいつ他国の傭兵団の間諜かも知れねえぞ。  「おい、ジェイク。オマエなんでこんなとこで店やってるんだよ。ここの領主の『軍神』に仕えりゃいいんじゃねえの? 絶賛家臣募集中だぞ」  「だーかーらー、昔だよ昔。まだ俺が肉体持って生きてた頃の名残りだっての。今の俺はここの店主。だからお前ら、俺の武力89の包丁捌きで作った料理は残すんじゃねーぞ」  「包丁捌きが良くてもオマエは味付けが大雑把過ぎんだって。やっぱ舌って必要だわ」  「まったくよねえ、オサシミだけ出してりゃいいってわけじゃないんだからぁ」  「ジェニーも、おまえ絶対クーガの傭兵団の間諜だろ」  「あらぁ、確かにクーガに居たことはあったけどぉ、今は無関係よぉ。大体傭兵団なんてぇ面倒ばっかりだものぉ」  「まあ、過去に何があろうと今は今で楽しくやってるってことでいいんじゃねえのかな。レディアだって、わざわざこんな鍛冶不毛の地に流れて来て鍛冶屋やってんだから、それなりに訳アリだろ? 町は町でも故郷の町から離れたいって奴もけっこう多いもんさ」  骸骨ジェイクの言う事も最もだ。  アタシも故郷を飛び出してわざわざ鍛冶が誰もいなかったここオエーツの町に流れてきた。  故郷に居たんじゃ見返せないからな。  まあ、骸骨ジェイクもジェニーも、アタシみたいな過去の何某(なにがし)かがあってこの町に流れてきて居付いた、ってことなんだろう。  あんま考えたって仕方ない。間諜だの何だの、そーゆー心配は為政者の『軍神』さまがするこった。  「しっかし、オマエ、『天下一』になるって、何かアテとかあるのか?」  骸骨ジェイクがナヨチン(一ノ瀬優斗)にそう尋ねる。  「僕、高校からの帰り道で突然周囲が真っ暗になって、気が付いたら最初の場所にいたんです。今のステータス画面の列伝見るまで、自分がここに来た理由も何も知らなかった……」  「金とか持たせられてねえのか?」  「多分、無いです……ズボンのポケットに入ってないなら。日本円なら3千円くらいあるかな……Suicaは使えませんよね」  ジェニーが全速力で使部屋に置きっぱなしにしたナヨチン(一ノ瀬優斗)の服を取りに行く。  「ああ、日本円ってのはコッチじゃ使えねえな。紙の札だろ? 焚き付けくらいだな使い道は。スイカも早く食っちまわねえと腐っちまうだろ?」   「……それ、初めてこっち来たニホン人に必ず言ってるんでしょ……」  「オマエ、バカじゃねえな、その通り。最も初めてニホン人にSuicaって言われた時は、そのまんま今の言葉を言ったけどな」  「この子、財布は持ってるけど、こっちのお金は入ってないわねぇ」  全速力でナヨチンの服を取りに行ったジェニーが全速力で戻って来て、服のポケットを探って言う。  「ならオマエ、レディアに感謝しねーとな。無一文のオマエに、コッチのいい女奢ってくれた上、酒まで奢ってくれてるんだからよ」  「こんな場末の街でもねぇ、私みたいな掘り出し物がいたりするのよぉ。アンタ、本当にレディアに感謝しときなさいよぉ。私は安くないんだからぁ」  うわ、コイツ等に持ち上げられるって、嫌な予感しかしねえ。  「まあそんな訳でだ。ここはレディアねーさんの奢りってことだから、飲みな。さっきの気付けの酒よりは飲みやすいぜ。  そんで、聞きたいことあったら教えてやるぜ。わかることならな」  「おい、ジェイク! アタシャこれ以上奢るとは言ってねーぞ! 勝手なこと言って売れない酒売ろうとすんな」  「売れない酒じゃないぜ? こないだ隊商から仕入れたばっかで地元の奴ぁ誰も知らねぇってだけだ。桜のリキュール。メジの町で作ってんだよ。これならあんま酒飲んだことねー奴でも飲めるぜ」  ジェイクはそう言って4つのグラスに桜のリキュールを注ぎ、ソーダ水で割った。  それをアタシらの前に置く。  「ニホン人は桜が好きなんだろ? 俺達とレディアねーさんなりの、歓迎の気持ちだぜ」  ナヨチンがおずおずとグラスを持つ。  「じゃあ乾杯の音頭はレディアねーさんに取ってもらうか。  レディア、頼むぜ」  骸骨ジェイクも飲む気満々でグラスを持ってアタシにそう言う。  酒が骸骨の体のどこに入っていって、どこから出て来るのか。  不思議なもんで、骨の隙間から酒が零れるってこたあない。  本当にコイツは不思議存在だ。    「チッ、乾杯の音頭なんざ、ガラじゃねーんだけどな。  そうだなあ……  ナヨチンをメキョネチョにできたことに、乾杯!」    「カンパーイ!」  グラスの中身を零さない様にカチンと合わせ、グイッと中身を口に放り込むと、確かに桜の芳香と甘みがアルコールのねっとりした甘苦さに溶け込み、ソーダ水の刺激と共に感じられた。  いつもエールばかりのアタシだが、たまにはこういうのも悪くないな。  
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