3.レイラの剣

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3.レイラの剣

 レイラは中学時代は普通の少女で、文芸部に籍を置く大人しい少女だった。体が小ぶりで心配した両親が、レイラが高校に入った時に、何か運動部に入ってみたらと言われる。  レイラには運動部で特に特技もなかったから、友達のいる剣道でもやってみようと考えた。  レイラ本人は、勝負がどうとかではなくて、ただ運動が出来ればそれでいいという考えだけだった。  剣道部に通いだして少ししたころに、基本練習後、友達と練習試合をしていると、変な感覚に襲われた。友達が次に打ってくるところがなんとなく分ったので、レイラはそれをよけて面を打ったら、「パン!」とキレイに当たった。  その後も時々そういう感覚が起こることがあり、3か月も経つと、集中すれば毎回わかるようになっていた。  その年のインターハイにも出られ、順調に勝ち進んでいき、いよいよ決勝戦に進んだ。対戦相手はお隣の高知代表の岡野アリスという子だった。  同じ1年同士の決勝も珍しいが、レイラはもうそんな事はどうでもよく、精神を集中する事だけを考えていた。 「始め!」 「キエーー!」「オリャーー!」 2e74e4a7-f427-4c9e-9999-c193503f1c13 試合が始まった。アリスが上段に構える。レイラは今まで上段の者とも何度か対戦したことがあったから、特に動揺することもなく冷静でいられた。(集中…集中…)アリスの威圧感はものすごい。まるでヒグマと戦っているようなものすごい気合いだ。レイラはその気合をいなし、青眼の構えで自分の右小手を少しかばうように竹刀をやや右に傾けている。(まだイメージが来ないわ…)今までの対戦相手だったら、すぐに予感のようなものがあって、それさえかわせばなんとかなった。アリスは今まで対戦して来た相手とは違ったタイプの剣士だなと思った。  対するアリスも似たような気持でいた。相手の考えがうまく伝わって来ない。(攻めてみるか…。いや、うかつに飛び込むのは危険だ…。しかし上段使いが引くことは負けと同義だと先生から教えられた。ここは攻めるしか道は残っていない…)  アリスが前に出る。レイラは回り込む。また前に出る。回り込む。フェイントで竹刀を動かしてみても、レイラは動じない…。こんな相手は初めてだなと、アリスは思った。 「やめ!」 審判が止めた。時間切れだった。 「延長戦は1本勝負となります」 先に1本を取った方の勝ちということだ。お互い延長戦は初めてだが、体力的にはどう見てもアリスが有利だと誰もが思った。 「延長戦、始め!」 「キェーーーー!!」「オリャーーー!!」  レイラは気合負けすまいと思った。逃げ回っていると反則負けとなるので、レイラも攻撃に移る。(小手、面はフェイクで、胴で勝負だ!)と考え、竹刀を出す! 「コテ!メン!…」 と前に出た時、軸足の左足首に違和感が…。  アリスも疲れてはいたが、集中を切らさなかった。レイラが「小手・面・胴」ときて「胴」で勝負なら、そこで体をひらいて回り込みながら打てる!「勝った!」と思った。  レイラが最後の「胴」に出ようとしたが、左足の様子が変でうまく踏み出せない。体が傾くのを最後の気力を振り絞って右足を突っ張って立て直し、胴が打てる体制ではなかったために、急遽「ツキ」に変えた。  上段の構えに対するツキは、ノドはもちろん有効だが、胸部へのツキも有効打となる。レイラは体を倒しこみながら、左手だけで渾身のツキをアリスの胸に放った。  アリスはレイラの攻撃を読み切っていたが、急に技を変えられたのには対処が遅れた。剣を慌てて振り下ろし「メン!」と当てたが、審判三名のうち二名が「ツキ」の有効打を支持したため、この勝負はレイラの勝ちとなった。  蹲踞(そんきょ)をし、礼を終えた直後、レイラはその場に倒れてしまった。アリスはすぐに走り寄り、 「大丈夫?レイラ?おおーい!」 と声をかけたが眉間にしわを寄せているだけだ。すぐに診察室に運ばれたが、幸い左足首の捻挫だけで済んだ。  アリスは、(こんな剣士がいたんだ。世の中広いなあ…)と思ったが、不思議と悔しくはなかった。  その後二人は友達となり、連絡先を交換して、 「また来年やろうね!」 と約束をしてから帰った。  高2のインターハイでは、今度はアリスが攻めに攻めて勝ち、高3ではアリスが汗で足を滑らせたところをレイラが見逃さず面を打ちレイラが勝った。  二人は普段でも仲良くなり、進路を決める時、二人は同じ大学に行きたいと考えるようになり、高知大学に一緒に入学した。
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