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柄のない傘
「いらっしゃいませ」
茶色掛かったその髪の女性に声をかけられ、俺は現実に引き戻された。
「今日は何に致しますか」
腰にカフェエプロンを巻いた華奢な女性が、こちらを見上げるようにそう言った。
「珈琲を」
俺がそう呟くと、カウンター席に座るよう促された。
ガタイの良い俺にはその椅子は少し小さすぎたが、それでも客を向かい入れるかのような丁度良い柔らかさの座り心地に安心感を覚えた。
こじんまりとした店内は茶色を基調とした色で統一されていて、窓辺には日光を浴びた珈琲の木が青々とした葉をつけて佇んでいる。
店内の客は俺ともう一人、店内の隅で本を読んでいる少年だけで、全体的にがらんとしている。
背後にはこれまた濃い茶色のの大きな棚があり、中には本やブリキのバケツなど、様々なものが無造作に置かれていた。
そして変わっていたのは、それらが全て壊れていたことだ。本は背面がボロボロになっているし、バケツには穴が開いている。
ガラクタにしか見えないそれらに思わず見入っていると、先ほどの女性店員に声をかけられた。
「素敵でしょう」
「えぇ、まぁ…どうしてこんなものを?」
俺にはガラクタにしか見えず、女性の「素敵」言うの意味は分からなかったが、取り敢えず頷く。
そんな俺に、女性はふっと目を細めて笑った。
「護る為です」
「…護る、為…」
心に重く沈んだその言葉に、思わず黙り込んだ俺を置いて、女性はまた、珈琲を淹れる準備を始めた。
「貴方も護れなかったのでしょう?」
「大切なもの」
女性が手を止めて、こちらを見上げる。
全てを見透かすような茶色の瞳に、俺は吸い込まれるような感覚を覚えた。
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