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――地響きのような音が、刻一刻と神殿に迫りつつある。
神殿に詰めている神官と騎士は、関係各所と連絡を取り合い、あるいは指示を飛ばしているため、静けさを漂わせる神秘的な場所とは思えないほど、騒然としていた。
念のためにと、神殿に残されていた巫女たちは、一人残らず神殿の外に出て、恐怖に身を震わせながらも結界を展開し、獣たちの襲撃に備えていた。
「嫌……私、死にたくなんてない……」
誰もが思っていても決して口には出さなかった本音を、その場にいた巫女の一人がぽつりと零す。
すると、弱音を吐いた巫女の隣にいた仲間が、すかさずその発言を咎める。
「みんな、そうよ。死にたいなんて思っている人は、いないわ。でも、フォルスを持っている以上、私たちには有事の際に戦う義務が――」
「――ちっともフォルスが効かない相手に、どう戦えっていうのよ!?」
感情を爆発させた巫女の叫び声に、なるべく穏やかな口調で言い聞かせようとしていた仲間も、ぐっと言葉に詰まる。
「本当は、分かっているんでしょう!? 私たちは、ただの捨て駒だって! 何もしないで負けるわけにはいかないから、とりあえず何とか してみましたって言い訳するために、体よく使われているだけだって!」
続けられた言葉に、だんだんと巫女たちの心が揺れ動いていく。
本当に、このまま国王に命じられた神官の指示に従うべきなのか。
何をしても無駄なら、自分たちがこうしている意味なんてあるのか。
だったら、これからこちらに向かってくる脅威と遭遇する前に、ここから逃げ出しても構わないのではないか。
巫女たちの間に迷いが生じ、一人、また一人と結界を解いていく。
そして、神殿の中に逃げ込むために踵を返そうとした寸前、獣の咆哮がびりびりと大気を震わせた。
びくりと身を竦ませ、動きを止めた巫女たちが目にしたのは、猛然とこちらに迫りくる獣の群れだった。
次第にその姿は大きくなっていき、 そのおぞましい姿が巫女たちの視界に鮮明に映り込んでくる。
誰かの悲鳴を皮切りに、巫女たちは一斉に神殿の出入り口に駆け込もうとする。
しかし、その巨体からは想像できないほどの速度で駆けてくる獣たちは、みるみるうちに神殿に接近してくる。
もう間に合わないかと思われたその時、何かが凄まじい勢いで激突する音が響いてきた。
振り返っては駄目だと本能が囁きかけてくるのに、巫女の一人は何かに導かれるように、おそるおそる後ろの様子を窺う。
すると、信じられないことに、神殿の門の先へと進もうとする獣を、見えない障壁が侵攻を阻んでいた。
そこには元から結界が張ってあるわけでも、結界を張る巫女がいるわけでもない。
それなのに、どれだけ獣がその巨躯をぶつけ、神殿の敷地内に入ろうとしても、叶わない。
その光景に呆気に取られていた巫女の手を、仲間の一人が慌てて掴む。
「何しているの!? こんなところで、突っ立っている場合じゃないでしょ!」
「……ねえ、アイリーン。あれを見て」
「は?」
「――いいから、あれを見て!」
逃げ遅れていた巫女が指差す方向を見遣れば、避難を促していた仲間――アイリーンも息を呑む。
目を丸くして、しばらくその光景に見入っていたアイリーンは、はっと我に返り、再びこの場からの退避を急かす。
「……とにかく、中に入らないと」
何はともあれ、生きていなければ何もできない。
そう判断したアイリーンは仲間の手を引っ張り、神殿の中へと駆け込む。
そして、神官の一人を捉まえ、急いで口を開く。
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