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――アンジェリーナは雨の中、ただひたすらに山道を歩き続けていた。
背後を振り返り、様子を窺ってみたものの、人々に追われる気配はもうない。
しかし、油断はできない。
いつ、どこでアンジェリーナを魔女と罵り、命を奪おうとする人間が現れるか、分かったものではない。
だから、 再び前方に視線を戻し、力を失いつつある足を意志の力で動かしていく。
魔女狩りが再燃したため、こうして各地を放浪するようになり、一体どれほどの時間が経ったのだろう。
常に周りを警戒しなければならない状況が続いたため、時間の感覚などとうに狂ってしまった。
あてもなく彷徨う足は、山道を登っていく。
できるだけ人目のつかないところに逃げなければ、また魔女を疎む人間に見つかってしまうかもしれない。
そう思って山の奥深くを目指したものの、衰弱しつつある人間の足では、これ以上先に進むのは無理だ。
弱々しい呼吸を繰り返しつつ、周囲の様子を確認していたら、幸い、近くに澄んだ小川が流れていたから、そこで貪るように水を飲む。
そうしたら、少しは気力が戻り、何か食べられるものはないかと、周囲を探り始める。
そして、見つけた木の実や野草から、もう季節は秋を迎えていたのだと、ようやく気付かされた。
水分を摂取した時同様、雨から逃れるために大きな樹の下へと逃げ込むなり、なりふり構わず食べ物を貪り、空腹を満たしていく。
干上がった喉が潤い、栄養を求めていた身体に食糧を与えれば、人心地がついた。
樹の幹に背を預け、ぼんやりと宙を眺めていると、次第に頭の中に立ち込めていた靄が晴れていく。
同時に、ここに至るまでに理不尽に命を奪われていった仲間の悲鳴や、魔女の根絶を願う人々の怨嗟の言葉が、不意に耳の奥に蘇ってきた。
(どうして……?)
目頭に熱いものが込み上げてきて、徐々に視界がぼやけていく。
視界を不鮮明にしているものの正体を認めたくなくて、意地でも瞬きをするものかと思っていたのに、いつしか目の縁から生温い液体が流れ落ちていった。
「……貴方たちが魔女と呼ぶ女性こそ、イヴ様の思想を正しく受け継ぎ、この地上に楽園を築き上げようとしている存在なのに」
瞼を閉ざせば、幼い頃から母がこの国の真の歴史を語り聞かせてくれた声が、色鮮やかに思い出された。
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