Chapter1. 『悪魔の産声』

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「――いい? アンジェリーナ。私たちこそが、偉大なるイヴ様の真の後継者なのよ」 人里離れた小さな集落で暮らしていたアンジェリーナは、母から毎日のように同じ話を聞かされていた。 おかげで、その内容はアンジェリーナの頭に刷り込まれ、すっかり暗記していた。 そうしたら、今度は娘が自身の教えを完璧に覚えられたのかどうか、確認するようになってきたのだ。 「イヴ様は、愚昧なる王を止めるために命を落としたとされているけれど、何が原因で死に至ったのか、言ってごらんなさい」 「はい、お母様」 素直に頷いてみせたアンジェリーナは、教えられた通りの言葉をそのまま口にする。 「イヴ様は、王の寝首を掻こうとしましたが、イヴ様の思惑に気づいていた王に、殺害されたからです」 「王は、何故あそこまで執着していたイヴ様を、その手で葬ったのかしら」 「既にイヴ様との子を何人も成し、もうイヴ様は必要ないと判断したからです」 「そう、その通りよ。よく覚えられたわね、アンジェリーナ。……それで? どうしてイヴ様は、呆気なく王の前に敗れてしまったのかしら」 「イヴ様は、ご自身にまだ利用価値があると踏んでいたからです。そして、僅かなりとも王にイヴ様への情があるのではないかと、期待して しまったからです」 母の問いに答えながら、イヴの夫となった王はひどい男だと、胸中で呟く。 特別な力を手に入れたイヴを利用するだけ利用し、もういらないと判断するや否や、文字通り切り捨ててしまうなんて、血の通った人間の所業とは思えない。 「その後はどうなったのか、ちゃんと言えるかしら」 母は微笑みを絶やさず、娘に続きを促してくる。 「イヴ様は、ご自分に利用価値がまだあると考えていましたが、同時に返り討ちに遭う可能性も考えていました。それで、王に期待を持ちな がらも、策を講じて賭けに出たのです」 王への期待を捨てられなかったイヴを甘いと思う反面、完全には情に流されず、冷静な判断力と危険を顧みずに賭けに出た度胸に、憧憬の念が浮かぶ。 「それは、どんなもの?」 「イヴ様が陽動を行い、ご自分を犠牲にしてでも、イヴ様に忠誠を誓っていた騎士に王を討ち取らせるというものです」 実際、事はイヴの思惑通りに進んだ。 イヴは犠牲になったものの、諸悪の根源たる王もまた、騎士によって絶命したのだ。 「そう。自己犠牲の精神が強かったイヴ様は、自国の民のために、そして他国の民のために、ご自分の命を投げ打つことも厭わなかったの。 それは、とても尊い行いなのよ。――さあ、アンジェリーナ。お母様にその続きを聞かせてちょうだい」 教えられた通りに、バスカヴィル国の真の歴史をすらすらと暗唱してみせるアンジェリーナに、母は満足そうに微笑む。 母にもっと褒められたくて、アンジェリーナは大きく首を縦に振ってから言葉を続ける。 「イヴ様に忠誠を誓っていた騎士は、イヴ様の最愛の人でもありました。愛する人を失った騎士は、王を討ち取った後は新しい国王となれと いうイヴ様の命に従わず、イヴ様の後を追いました」 「そうよ。騎士は情に流され、イヴ様の命令に従わなかった。……だから、その後はイヴ様の思い通りに事は運ばなかった」 母は忌々しそうに表情を歪め、騎士の選択を快く思っていないのだと、多くを語らずとも、ひしひしと伝わってくる。 「……アンジェリーナ、話はここで終わりではないでしょう? 続けてごらんなさい」 「はい、お母様」 母に促されるまま、一呼吸置いてから言葉を継ぐ。 「王も、イヴ様も命を落とし、バスカヴィルは統率者を失いました。そこから、混沌の時代が始まります。国内のあちこちで、内乱が始まったのです」 国の象徴を失ったバスカヴィル国では、誰が次期国王になるのか、物議を醸した。 国王とイヴの子供たちはまだ幼く、これを好機と見なした臣下たちに、男児は殺害され、利用価値がある女児は隔離された。 イヴの娘たちが隔離されていた堅牢な建物が、神殿の始まりだ。 「その結果、ウェイスバーグ家が内乱における勝者となり、次期国王になりました。そして、新しい王は、自分の目が届くところに、イヴ様 の娘たちと一緒にフォルスの所有者を集め、管理するようになりました」 場合によっては兵士として利用するため、フォルスを持つ女性たちは一カ所に集められた。 でも、彼女たちは優秀な戦争の道具であるのと同時に、脅威でもある。 結託し、王に反旗を翻したら、ひとたまりもない。 「王は、女性たちに反逆の意志を持たれぬよう、巫女という役割を与えました。彼女たちは特別で、故にその身を国のため、人のために捧げ なければならないのだと、義務付けたのです」 「そう、それが巫女の始まりよ」 母の顔に笑みが戻らぬまま、重々しく頷かれる。 その先を続けなければならないものだと思い、また口を開こうとしたら、母に類を両手で包み込まれ、顔を覗き込まれた。 「だから、巫女は決して神聖なものではないの。王の道具として飼い殺しにされている、ただの人形よ。 それなのに、他者のために自分を犠牲にする巫女を、民は神聖視して、いつしかこの国の信仰対象になっていった」 母の声には熱が込められ、怖いくらいに真剣な表情で、尚もアンジェリーナに言い聞かせてきた。 「けれど、私たちは違う。王の意のままに操られる人形に成り下がったりせず、誇りと意志を失わなかった、選ばれし者なの。なのに、王に とって私たちは不都合な存在だから、王は私たちを根絶やしにしようとするの」 母の揺るがぬ強い眼差しが、娘を射抜く。 「だから、アンジェリーナ。たとえどんな目に遭ったとしても、誇りと意志を捨てては駄目よ。私たちこそが、偉大なるイヴ様の真の後継者 なのだから」 「……はい、お母様」 母がそうしろと言うのならば、娘たるアンジェリーナは何があっても誇りと意志を貫き通さなければならない。 母の考えが、間違っているはずはないのだ。 だから、アンジェリーナは母の言葉に力強く頷いた。
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