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記憶をたどって気がついた。
そうだ、でもあれは付き合う前だし、テーブルだって離れていた。
ランチに行った中華料理店。ちょうど涼くんたち営業と鉢合わせして、「どうもお疲れ様です」なんて社交辞令をしあったくらいで。
本当に最初に出会って口をきいたあの時に、そうか、あんかけ焼きそばを頼んでいたんだ。
「えっ、覚えてたのか」
「……あー、うん、前からなんかいいなって思ってたか、ら、片思い的な?」
知らなかった。
全然気がつかなかった。
その頃の俺には他に恋人がいたはずだし、涼のことはただの会社の人ってくらいしか思ってなくて。
この人があの出来る営業の人かあ、って認識だったのに。
え、待って、ってことはそんな前から好きでいてくれたってこと?!
「初耳なんですけど」
「……デスヨネー」
やっべ、耳まで熱くなった。
「あー、そっか、うん、好きだよ、めっちゃ嬉しい」
好きだ。大好きだ。
あんかけ焼きそばも好きだけど、涼の方がもっと好き。
「……、だからがんばって作るよ」
顔中を真っ赤に染めた涼は慌てたようにコンロの火をつけた。今度は一発でちゃんと火がつく。
もともと賢い人だから一度間違えてもすぐに訂正して覚えるのも早い。
ジャーっと食材に火が通る大きな音が沈黙を誤魔化してくれてありがたい。
今、自分がどんな顔をしているのか想像もしたくない。多分ものすごくだらしなくてニヤニヤと幸せにあふれた情けない顔だ。
感情が追いつかない。
涼も涼しい顔をしようとして失敗したのだろう。
料理に集中しているフリをして懸命に恥ずかしさを誤魔化している。そんな健気さに惚れない奴なんかいないだろ。
「楽しみだな」
って、言えるのはそれくらい。
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