44人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
キッチンの前に仁王立ちをする恋人の涼が、真っ赤なエプロンをつけてやる気に満ち溢れている。
ガスコンロの説明書を読みながら「よし」と呟いた。
「まずは元栓をあけましょう……て、元栓ってなに? どこにあんの?」
あ、そこから?
俺が「元栓ってな」と説明をしようとしたら「shut up!」と激しく叫ばれた。なんで英語。しかもめちゃくちゃ発音がいい。
「手出さないで! 今回はおれが作るって言ってんの」
まるで猫のようにシャーっと吠える。
「あーはいすみません。がんばって」
元栓の場所を教えたくらいで料理と関係がないと思うけど、今まで料理をしたことのない涼が初めて、俺のために作ってくれるっていうんだから大人しく待ちましょう。
付き合って半年。
いつもは仕事の後に外で会うだけだった俺たちが、やっと休みが合って、おうちデートが叶ったのだ。
デリバリーにしてもいいかなって思っていたけど、涼は俺にご飯を作ってあげたくなったという。
「料理なんてやったことないけど……お前の為ならできそうな気がするんだ」
かっこいい。俺の彼氏最高じゃないか。
なんなの。
そんな健気な事言われて我慢できるはずがない。今日はこのまま帰さない。
そんな下心たっぷりの決心を知らずにあいつはタブレットを開きなにやら検索をしている。
多分「元栓 場所」とかそのあたり。
案の定システムキッチンの下を覗き込んで感心したように腕を差し入れた。
「へ~。こんな場所があるって知らなかったわ」
ぐるっと回してはい準備完了。
「で 、何を作ってくれるのかな?」
「それは後でのお楽しみ」
ニコニコとご機嫌に鼻歌まで奏でながら、あいつは家庭科の教科書を開いた。
え、そこからチョイス?!
っていうかいつの教科書?
物持ちがよすぎない?
頭の中の疑問符は止まらず、俺は教科書を覗き込んだ。懐かしい。
そういや調理実習ってあったよなあ。高校生のこいつって絶対可愛かっただろうなあ。今度制服で……。
ニヤニヤとよからぬ妄想をしているのがバレたのか、あいつは胡乱な目をこちらに向けた。
最初のコメントを投稿しよう!