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 見慣れたウッドブラインドから差し込む日差しが随分と明るい。  いつもより起きるのが遅くなってしまったと、その原因を考えたところで、はっとして隣を見た。  そこに湊が望んだ姿はない。 「(まあ……そっか……無理してきてくれたんだから、そんなにずっといられるわけ……)」  落胆と諦観と共に再び閉ざしかけた瞳は、ドアの開く音で見開かれる。 「起きてたか」  既にワイシャツ姿の竜次郎は、起こそうと思ってたとこだからちょうどいいな、と言いながら歩いてきてベッドサイドに座る。  伸びてきた手に頭を撫でられて、優しい手つきにほっとしてじわりと笑顔がこぼれた。 「おはよう、竜次郎…。帰っちゃったかと思った…」 「お前に何も言わねえで帰ったりしねえよ。…起きられそうか?」 「うん、大丈夫」  もたもた起き上がると、昨日脱がされた服を渡されて、それを身に付ける。  なんとなく手伝ってくれながら竜次郎は苦笑した。 「よたついてんな」 「…その…筋肉痛が…」  竜次郎を受け入れていた場所の違和感や全身の倦怠感などもあるが、一番体の動きに影響しているのはそれで、いかにも運動不足な感じがして恥ずかしい。 「あっちまで運んでやる。メシ食うだろ?」 「あ、歩ける…よ?」 「俺がお前を抱えたいだけだ」  竜次郎の気遣いは嬉しいが、それでは昨晩と同じだ。  抱き上げる意図で回された腕をそっと押し留め、訝って向けられた顔を見つめ返す。 「あの、竜次郎、俺のことはあんまり甘やかさないで」 「は?何だ急に」 「竜次郎が優しいのは知ってるけど……俺ももう子供じゃないし、そんなに甘やかしてくれなくても大丈夫だから」 「……別にお前をガキ扱いしてるとかじゃねえぞ。甘やかしてるつもりもねえし」 「でも」 「こういうのは『大切にしてる』っていうんだよ」  その言葉はすっと湊の胸の中に入ってきた。  考え過ぎて何でも複雑になってしまう湊と違って、竜次郎は物事の本質を捉えるのが得意だ。 「まあ……お前が嫌ならもう少し控えるけどな」 「嫌じゃ……ないよ。俺は竜次郎が優しくしてくれるのが嬉しいし……。だけど、竜次郎は優しいから、俺がどんどん甘えるようになって負担になるかもしれないって思って……」 「俺は自分のしたいことしかしてねえよ。負担に思う前に自分の嫌なことははっきり言うし、しねえ。お前のわがままをきいてやってるなんて思ったことは一度もねえし」  それに、と竜次郎が湊を抱き上げる。今度は湊も素直に応じた。 「甘えてきたら甘やかしてやりたいしな」 「…………ふりだしに戻ってる気もするけど…………」  丸め込まれたような気もして唇を尖らせた湊を見下ろして、竜次郎は声をあげて笑った。    運ばれたダイニングテーブルには、フランスパンで作ったフレンチトースト、付け合わせに二種のソーセージとサラダが添えられ、カリッと香ばしそうなクルトンの浮かぶコンソメスープ、ポットに入った紅茶……ホテルのモーニングかと見間違うような光景が広がっていた。 「え……、これ、竜次郎が?」 「なわけねえだろ。シャツ持ってこさせたついでに作らせた」  どうやら日守が作っていったらしい。  勝手に部屋にあげたことを謝られたが、こんな食事が待っているならそんな些事を怒る人はいないだろうと思う。  舌鼓を打ちながらありがたくいただいていると、紅茶を一口飲んだ竜次郎に「なあ」と声をかけられたのでソーセージを切り分けていた手を止めた。 「お前、今日の昼間はなんか用事あんのか?」 「ううん、特には。掃除でもしようかなって思ってたくらい」 「この後俺は事務所に帰るが、一緒に来るか?もちろん、出勤時間までには送る」 「えっ、……竜次郎と一緒に居られるのは嬉しいけど…迷惑じゃない?」 「迷惑ならわざわざ言わねえだろ。ただ、この間会ったと思うが、あのヒロやマサみてえのばっかりだからな。お前の方が嫌じゃねえかっつーのは気になるが」  全然平気だと首を振った。  寂しいと言ったから、一緒にいてくれるのだと思う。  だけど、先程のやり取りがあったから、申し訳ないと思うよりも素直に嬉しいと思えた。 「俺、行ってみたい」
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