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 平日昼間のインターフォン。北街は心当たりがあるかという視線を母に向けたが、彼女は困惑の表情を浮かべていた。  心当たりがないならば、セールスか勧誘の類だと考えたのだろう、北街は無視したが、唐突な来訪者は諦めないどころか連打と言っていい勢いでチャイムを鳴らし続けている。  湊の実家はモニターの付いていないタイプのインターフォンなので、ここから相手の姿を確認することは不可能だ。  親機の電話で応対したが、相手は答えないようだ。北街は相変わらず鳴り続ける音に舌打ちをしてリビングを出て行った。  誰でもいいから時間を稼いで欲しいと思っていたが、更にドアを叩く音まで加わって、あからさまに他人の家に押し込み慣れた感のあるそれに、この来訪者が竜次郎もしくは松平組の人だという確信に変わった。  北街もまさか本職の人間がやってくるとは予想外だろう。  今のうちに母の方まで這っていけば、口のテープだけでも外してもらえるのではないかと体を動かしかけた時。 『そこに誰かいるか?離れられれば窓から離れろ』  庭側に面した窓の外から聞こえてきた声。  一瞬後に何か硬いものが叩きつけられ、窓ガラスが割れる。カーテンが閉まっているのでガラス片が飛び散ることはなく、難なく鍵が外されてゴルフクラブを持った人影がカーテンを割って現れた。 「湊、」  竜次郎だ。 『何だお前……うわぁっ』  同じタイミングで北街の悲鳴に続いて鈍い音がして、玄関の方は静かになった。  湊の惨状を見て盛大に眉を顰めた竜次郎は、クラブを捨てるとすぐに拘束していたテープを外してくれる。 「竜次郎……」 「あいつ一人か。仲間はいないな?」  頷くと、脱いだスーツのジャケットを湊にかぶせ、今度は母の方の拘束を解きに行く。  母は突然の事態に驚いた顔で硬直していたが、怯えてはいないようだった。  そうこうしているうちに日守が、腕を捻り上げた北街を引きずりながらリビングへと顔を出す。 「こちらは制圧完了です」  北街は心底怯えた顔色で、割れたガラスとゴルフクラブ、竜次郎を見比べて更に身を強張らせた。 「お、お前達は、一体何なんだ……っ」  身持ちは崩していたようだが、流石に裏社会と結びついたりはしていなかったのだろう。北街は元は真面目な会社員だ。他人から暴力を振るわれたこともなかったに違いない。  竜次郎は母の粘着テープを外し終えて、うっそりと立ち上がるとぐっと北町の胸倉を掴んだ。 「俺達のことよりも自分の行く末を気にしたほうがいいんじゃねえか?こんなことしでかして、ただで済むと思ってねえよな」  ヒッと北街に悲鳴を上げさせたのは、握られた拳か、竜次郎の怒気か。  暴力の気配を感じて、咄嗟に湊は叫んでいた。 「だめ、竜次郎!」  ぴたっと動きを止めた竜次郎の、男に向けられた怒りの気配がそのままこちらを向く。  こんな奴に情けをかけるのか、と言いたげな視線。  湊はそれをきちんと見つめ返し、想いを伝えた。 「駄目だよ、……そんな人を、殴らなくていいから」  暴力は暴力だ。そこに意味や、誰かを傷つけていい絶対的な理由などないと思う。  竜次郎は、それを知っている人だ。対等の立場での喧嘩ならいい。だが、今一方的に振るうそれは、きっと殴った方も傷つける。  北街はきっと、自分がなぜ殴られたのか一生理解しないだろう。そんな無意味な行為をさせて、竜次郎を貶めたくはなかった。  ややあって、竜次郎は舌打ちを響かせると北街を打ち捨てた。  すかさず日守が足で体を押さえつける。  薄らいだ怒気に、湊はほっと息をついた。
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