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「おい、どういうことだ」 『どうって?そんないきなり喧嘩腰で言われても僕も戸惑うんだけど』  電話の向こうで肩を竦める気配。  人をおちょくるような態度に苛立ちが増す。  事務所のデスクに拳を叩きつけたい衝動をなんとか殺しながら、竜次郎は唸るように言い返した。 「とぼけんな。北街のことだ。ガラさらってったのお前んとこの弁護士だろ」 『それが何か問題あるの?』  あるからこんな電話をかけているわけだが、力関係的にそれを言える立場ではないのもわかっている。  探るような沈黙に、艶のある落ち着いた声音に苦笑の色を混ぜた神導が、仕方がないなと言いたげに説明を始めた。 『別に松平組を信用してないわけじゃないよ。ただ、一応今は黒神会が松平組の親になってるし、湊は僕の大切な身内でもある。だからこの件はうちで預かることになったってわけ』 「…………何をするつもりなんだ」 『まあ、殺したりはしないよ。あの親子もそれは望まないだろうし』 「あいつはカタギだろう。俺たちが裁くべきじゃない」 『じゃあ言い換えようか。北街は法で裁いたところで刑務所に入れられるほどのこともしてなければ改心だってしない。湊はもう松平組とも黒神会とも関わりを持ってしまった。その彼の周りでああいう頭のおかしい一般人がうろうろしたら、こっちの事情に巻き込まれて殺される可能性もある。これは、保護だよ。無関係の人間を守るための』 「……詭弁だな」  そう毒付きながらも、もはやどうしようもないのもわかっていた。  北街は暴力を振るったが、桜峰母子が被害届を出したりするとは考えにくい。つまり法の力で身柄を拘束しておくことはできないのだ。巻き込まれる可能性というのも大いにある。今の状況を鑑みて、利用される危険性なども考えると、隔離しておくしかない。そして隔離するにあたって、松平組よりも黒神会の方が、人一人消したところで警察からの介入を受けないという点でも適している。  だが、理屈ではわかっても、ありがたいなどと感謝したくはなかった。 「不必要な拷問とかするんじゃねえぞ」 『しないよ。あんなのを拷問しても楽しくないし』  楽しい相手ならするのか。相変わらずろくでもない奴だ。  竜次郎が頭痛を堪えながら通話を終えると、見計らったようなノックが響く。  返事をするとマサが入ってきて、オルカに襲撃紛いの接触があったことを報告してきた。 「……うちじゃなくてあっちと組むことにしたか。まあ、懸命な判断かもな。中尾の奴の方が、ビジネスにすれば動かしやすいだろ」  いかつい顔を曇らせて、マサが「確かに」と同意する。 「もしうちとドンパチするつもりで組まれるなら、少し厄介ですね」 「その時は黒神会様に身を粉にして働いてもらう。うちで抱えてた案件かっさらうくらい余裕があるんだ。こっちはのんびりサイコロでも投げてりゃいい」 「やはり黒神会の息のかかった弁護士でしたか」  先程の会話を思い出しながら、うんざりと肯定すると。 「湊さんのご実家の方は」  続いた問いに、ぐっと眉を寄せた。  どうしようもなかったとは思いながらも、巻き込んでしまったという気持ちは消えない。 「……中尾の立ち位置がはっきりするまできちんと護衛させておけ」 「ご本人には?」 「……機会があったら説明する」  竜次郎が声を落とした時。   「兄貴!大変です!」  バンッとノックもなしに慌てて入ってきたヒロを、緊急事態かと注視する。 「……どうした」 「三丁目の田中のじいさんが電球が替えられなくて困ってるそうで」  脱力感がその場を支配した。 「馬鹿か、そんなもん街の電気屋さんに……!いや、誰か替えてやってこい」  はい!と元気に返事をするヒロの横で、マサがお前はノックくらいしろとげんなりしている。  組長の任侠魂の成せる業か、年寄りには無駄に親しまれている松平組であった。
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