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 初夏の穏やかな日差しに水面がキラキラと輝く。  松平の屋敷から歩いて10分ほどの場所には川があり、河川敷がずっと続いている。広々とした敷地はグラウンドとして様々な人に解放されているが、平日の昼間のせいか今は人はまばらだ。  そんなのどかな場所を歩くのは、光の当たり方によって赤みがかって見える黒い光沢のあるスーツのジャケットを肩に掛け、スーツの色によく合ってはいるが派手な赤いワイシャツに磨かれた革靴という、まごうかたなき本職コーディネートの竜次郎と、七分袖のTシャツに薄手のパーカーを羽織り、カーゴパンツにスニーカー、いずれも無地に無難な色の、上下ファストファッションで揃っているごくごくカジュアルな湊。  はっきり言って謎の二人組である。  たまにすれ違う人が何となく避けつつも、どんな二人だとつい見てしまっているのを少し可笑しく思いながら、のんびりと竜次郎の隣を歩く。   まだ湿度を含まない風は優しくて、絶好の散歩日和だった。 「竜次郎!魚!光ったよ!」 「まあ……川だからな。魚くらいいんだろ」  興奮気味に川面を指差す湊のやや後方で、「お前は何で初めて川に来たみたいにはしゃいでるんだ」と竜次郎が苦笑している。  確かに学生の頃にもこうやって河川敷をぶらついたことはよくあった。  だが、五年ぶりに見る地元の景色は、何だかとても新鮮に映る。  五年の間、竜次郎がいなくて寂しいと思う日はあっても、家に戻りたいと思うことは一度もなかったので、自分にはあまりそういった回路は積んでいないのかと思っていたが、今日こうしてぶらぶらしていると、竜次郎との思い出に満ちていて、場所というのも大切なものだなと実感した。  もちろん、それもこれも再び竜次郎と歩くことができるからそう思うのだろうが。 「魚、泳いでるの見えるかな」 「覗き込んで落ちるなよ」  相変わらず竜次郎は心配性だ。  また光らないかなとじーっと水の流れを見つめていると。 「なんつーか……お前は本当にこれでいいんだな」 「?どういうこと?」 「安上がりな奴だなってことだよ」 「でも、竜次郎はお金で買えないし……」 「………………」  竜次郎が口を噤んだので、自分はとても贅沢な時間を過ごしていると思っていても、相手もそう思っているとは限らないとはっとした。 「あっごめん退屈だった?魚なんかより俺を見ろよとか思ってた?」 「……いや、思ってねえから。好きなだけ魚探してていいぞ」  そう言われても、最近竜次郎が黙り込む瞬間があるのが気になる。 「竜次郎、俺に何か言いたいことある?」 「みだりに俺を誘惑するな」 「ええ…?竜次郎のスイッチはよくわからないよ」  本気の言葉なのか誤魔化されたのかはわからないが、竜次郎は肩を竦めてそれ以上は何も言わなかった。  気にはなったが、今追求しなくてもいいかと緑を踏みしめながら歩き出す。 「懐かしいな。よく一緒にお菓子食べたりしたよね」 「お前は甘いもん好きだったよな」 「竜次郎は肉が多かったよね」 「まあ、肉と菓子だったら、肉だろ」 「俺は両方とも好きだから、竜次郎の買ったのをちょっとだけ分けてもらうの好きだった」 「……食い物の話してると腹減ってくるな」  思い出話の途中で、なんか買って来させるかと言い出した竜次郎を振り返る。 「お弁当、食べる?」  自分が持っているものがなんなのか全然気付いていなかったのかと少し可笑しくなりながら、竜次郎が持ってくれている大きめの保冷バックを指差した。
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