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 自分で持って行こうと思っていたのに、出掛けに持ってやると奪われた紺の保冷バッグを竜次郎から受け取ると、中から小さめのレジャーシートを取り出す。  その上に座り弁当を広げ始めると、感心したような、呆れたような表情の竜次郎が遅れて隣に座った。 「これ、弁当だったのか」 「うん。ここまで来ると飲食店まで少し遠くなっちゃうから、あるといいかなって思って」  謎の二人組(成人男性)が並んで手作り弁当を食べているという、あまり見ないというか不審な構図かもしれないが、特に犯罪行為に手を染めているわけでもなし、ツッコミどころがあることくらいは大目に見てもらいたい。 「朝ご飯と内容ちょっとかぶってて申し訳ないけど」 「お前にこんな女子力があったとは……」 「でも、レジャーシートとウェットティッシュ用意してくれたのは日守さんだよ?」  一応事前に日守に本日の計画を軽く相談したところ、危険だとかそういう注意ではなく、レジャーシートとウェットティッシュを渡されて「流石」と尊敬の眼差しを向けてしまった。  学生時代はそのまま草の上に座ってしまっていたので、そんな発想はなかった。女子力というか執事力のようなものが日守には備わっているに違いない。  日守の名前を出すと、竜次郎はとても嫌そうな顔をした。  日守は竜次郎の教育係みたいな人だったらしく、付き合いが長い分色々と複雑な思いがあるようだ。 「あいつのスキルも本当に謎だな……。……いや、色々考えると折角の弁当が不味くなるからな。ありがたくいただくぜ」 「うん、食べて食べて」 「……朝メシの唐揚げが少な目だったのは奴らが食べ尽くしたからじゃなかったんだな」 「あ、竜次郎、それであんなに怒ってたの?もともと唐揚げはお弁当の方がメインで考えてたからだよ」  本当に好きなんだねと笑うと、「あのな」と竜次郎は何か言いかけたが「まあそれでいい」と俵形に握ったおにぎりを手に取る。 「右から鮭、おかか、梅、昆布、肉だから」 「お前実は料理好きなんだろ」 「自分のためにはあんまりする気にならないけど、食べてくれる人がいると思うと好きかも」 「お前らしいな」  今後期待してるぜと、竜次郎は笑った。  引かれなくてよかったと内心安堵しながら、精進することを胸に誓った。  食べ終わって、空になった弁当箱を片付けると、竜次郎は「膝貸せ」と言って湊の膝を枕に横になってしまった。  一瞬言われた意味が分からず「膝?」と聞き返したときにはもう太腿の上に竜次郎の頭が乗っていて、早業だと感心する。  背の高い竜次郎をいつも見上げているので、こうして上から見るのは新鮮だ。 「この清々しい場所でこの構図不味くない?」  いいポジションを探すように身動きされるとくすぐったい。ともすれば妙なスイッチが入ってしまいそうで、誤魔化すように茶化す言葉を口にする。 「月刊極道通信でスキャンダルになるかも」 「そんな雑誌あるか」  どっちみち俺は困らねえぜ、と上機嫌な笑い声を上げたかと思うと、右手が湊の背後に周り、からかうように尻を撫でられ小さく息を呑んだ。 「っ……、お触りのオプションは有料です、お客様」  いくらなんでもこんなところで、と窘める視線を向けるが、竜次郎は面白そうに悪い男の顔で口角を上げるばかりだ。 「へぇ?いくらだ。お前に触れるなら、松平組の身代が傾くまで貢いじまいそうだな」 「竜次郎……!も……困る、から、……駄目」  力が抜けそうになる手で悪戯な手を押さえて必死に訴えると、わかったよと渋々やめてもらえてほっとする。  どんなシチュエーションでも竜次郎に触ってもらえるのは嬉しいが、公共の場では他人の迷惑になる。  そういうのは、やはりよくない。 「……ちなみに今のお代は今夜ちゃんといただきます」 「マジかよ。しっかりしてんな」 「お風呂で俺のことを責任もって洗ってもらうから」 「最高の店じゃねえか」  そうでしょ?と額を撫でると、竜次郎は心地よさそうに目を細めた。
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