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 それから数日、竜次郎に会えない日が続いた。  忙しいだろうに竜次郎は必ず一日に一度は連絡をくれたが、それで安心して何も考えずにいられるかというとそうでもなく、心配のみならず会えないのが寂しいなどと考えてしまう自分勝手な己にも気が滅入る一方だ。  そんな中、望月のリクエストである飲み会が唐突に催されることになった。  よくこんなにすぐに店を休みにできたなと思うが、オーナーが黒といえば白いものも黒くなるのが『SILENT BLUE』のルールである。それはスタッフのみならず客の間でも暗黙の了解だった。  正直、そんな気分ではないが、現状出来ることもなく、部屋で一人でいるよりも気が紛れそうな気がするので、湊も参加することにした。  絞られた照明。店内に流れる音楽は、置かれたグランドピアノから人の手で紡がれているものだ。  洗練された動作でシェーカーを振るバーテンダー。芸術品のようなカクテルを静かに楽しむ上品な客達。  店内を見回した榛葉が溜息をつく。 「いつも思うんですけど、なんか、もう少し大衆的な選択肢なかったんですか?」 「研修も兼ねる。以上」 「いい店だから、みんな今後の接客の参考にするように」  桃悟が切り捨て、望月が笑顔で応じた。  どうやら、研修という名目で経費で落とすらしい。  湊は『SILENT BLUE』でごくたまに催されるもの以外の『飲み会』に参加したことはないので、どういうものが普通なのかはよくわからなかったが、榛葉や鹿島の苦笑を見るだにこれがスタンダードではないというのはよくわかった。  オーダーしたソルティドッグに口を付けつつ、テーブルに並ぶピザやソーセージなどを控え目に摘んでいると、隣に望月が座った。  ちゃんと食べてるかとチキンやポテトなどを乗せた皿を渡されて、面倒見のいい人だと苦笑する。 「湊も居酒屋の方がよかったか?」 「いえ、俺はそもそも飲みに行ったりすることが少ないので、どんなお店でも新鮮で楽しいです」  お前は本当にいい子だよなあ……と涙を拭く仕草をした望月が、なあ、と少し声色を変えた。 「……なんか、あったのか?」  唐突に切り込まれて「え……」と言葉を詰まらせる。 「元気、ないからさ」  この数日、特に指摘をされることはなかったが、やはり気付かれていたようだ。  何でもないと言い張れるほどの元気もなく、湊は項垂れた。 「…………すみません。ちょっと、心配なことがあって」 「あいつのこと?」 「自分のこと……です」  襲撃のことも心配だが、そこは一応八重崎の『大丈夫そう』を信頼している。  今湊を憂鬱にさせているのは、ほぼ自分自身にまつわることである。  そうか、と頷いた望月はウェイターを呼び寄せるとモスコー・ミュールを頼んだ。湊は、と聞かれたが、まだ最初に頼んだものが大して減っていないので首を横に振ると。 「……俺、今酒飲んでて、酔っぱらってるから、何聞いても明日には忘れてると思う」  忘れてやるから、話してみろと言っているのだ。  しばらくどうしようか迷って、望月のオーダーが来るに至って、湊は結局口を開いた。  ……一人で抱え込むには、そろそろ限界だったのかもしれない。 「自分が大切な人の負担になってたらどうしようって思うことありますか?」 「……いや、あんまりないな。俺のことが嫌ならどうぞ立ち去ってくださいって思う」  望月らしい。たとえそれがどんな相手でも、そのことがどれだけ悲しくても、彼は信念を曲げず、毅然と前を向いていられるのだろう。 「俺は、小さい頃からずっとそれが怖くて。要するに、嫌われるのが怖いだけの小心者なんですけど、……どうしても、怖くて」  自分の想いが負担になること。自分の存在が負担になること。竜次郎の安否が心配なこと。  全て『失いたくない』といういわばエゴから来る気持ちだ。  湊には特に趣味もなく、すべてをかけて打ち込んでいる仕事があるわけでもない。  だから、竜次郎という存在の比重が重くなってしまう。  それが負担になって、大切なものをますます遠ざける、その未来の自分の姿を、あの時、母に 「湊」  呼ばれ、はっとして隣を見ると、まっすぐな瞳が湊を見つめていた。  吸い込まれそうな、力強い誠実な色だ。 「お前の恐れる未来は、絶対に来ない」  絶対に、と重ねられた言霊の乗った言葉は、何の根拠も示されていないのに、真実味があった。  でも、そんなことは、わからない。そう怖気る湊の心を逃げるなと引き留める。 「俺にはお前の置かれてる状況とか、本当の気持ちとかは何にもわからないけど、お前が大事な仲間で、すっごいいい奴だってのはよく知ってる。そんなお前が悲しむような未来は、俺が認めない。俺だけじゃない、月華も、桃悟もそう言う」  一息に言って「あ、俺今酔っぱらってるから。無責任なこと言ってる」と照れたように笑う。  つられて湊も酔っぱらいはふつう『酔っぱらってない』って言うんですよと、思わず口元を綻ばせた。
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