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「(やっぱり……俺は竜次郎と一緒にいない方がいいのかな……)」  長崎の言葉で、ずっと考えてはいけないと思っていたことが形になってしまった。  あの日湊の家を訪れた金の言葉は、そしてあの時の自分の決断は、やはり正しかったのだと思えてならない。  互いが望んでいるからといって、必ずそれが成就するわけではないのだ。  竜次郎のいない人生は、湊にとって何の意味もないものだが、それでもこの五年間で作り上げてきた居場所はある。  元に戻るだけだ。  それが竜次郎のためなのだと思えば、今度もきっと手放せる。 「(今度は、ちゃんと……)」  逃げ出すのではなく、言葉で。  どんな風に言えば伝わるのか、何ならここで生コン詰められて闇に葬られてしまえば楽なのにという所まで思い詰めていると、長崎が口を開いた。  「ところで、こいつは竜次郎の奴から渡されたもんか?」  無造作に放られたのは、先程中尾を追って行った際に落としてしまった、『SILENT BLUE』から支給されている方のスマホだった。 「少し開こうとしただけで、強制シャットダウンしてうんともすんとも言わなくなっちまった。よっぽど見られたくない情報が入ってるらしいな」  湊の想像は当たっていたようで、やはり本人以外にはそう簡単に開くことはできない仕様だったようだ。 「職場から支給されているもので……他のスタッフと連絡を取り合うこと以外には使っていなかったので、わかりません」  嘘をつくな、と近くにいた黒いスーツの男に恫喝されるが、ほぼ真実である。  見られると困ったことになりそうなのは、八重崎から送られてきた中尾及びオルカの情報と、長崎の背後にいると思われる中国の組織に関する情報くらいだ。オーナーに直接メッセージを送ったりはできるかもしれないがやったことはないし、あのオーナーが、一スタッフが機密を閲覧できるようなザルな情報管理をするとは思えない。  もちろん、他のスタッフの連絡先を見られるのは困る。だが、もはや起動できないのだとすれば、それをわざわざ教える必要はないだろう。  竜次郎にもらった方のスマホも、竜次郎と連絡をとる以外の用途に使ったことはない。 「竜次郎はお前のことをえらく大事にしてるそうじゃないか。シノギに無関係ってのは考えにくいんだよ」  長崎は納得いかないようだが、そういう意味でならば、猶更竜次郎は湊に松平組の内部情報を託したりはしないだろう。仕事の話をしたがらないのは、こういう理由もあったのかもしれない。色々知っていると、こんな風に湊が危険にさらされるからだ。  ……竜次郎はいつも、湊のことを考えてくれる。 「意地を張ってもあまりいいことはねえぞ。……喋りたくなるようにしてやってもいいんだ」  昏く低い声が匂わせる暴力の気配に、身を固くしたその時。 「おい、待ち人が来たぜ」  どうやらこの場所にいたらしい、ひょいと顔を出した中尾が示した暗い戸口に姿を現したのは、ここ数日会いたくて、……だが、会ってはいけない人だった。   肩にかかったスーツのジャケットをひらめかせながら進み出ると、その男は不敵に笑った。 「長崎さんとやら、俺の大事な相棒を返してもらいに来たぜ」
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