Blanc

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『おかあさん』  家の猫は、人の言葉が話せる。 「ブランがね、今日も『おかあさん』って言ってくれたの」 「そんなこと、あるわけないだろ」  夕食の席で夫の和樹(かずき)に話しても、信じてくれない。 「本当なんだから! ブラン、『おかあさん』って言ってみて」  ブランは『ニャー』とも鳴かなかった。  夫は(あき)れた顔で私を見たあと、冷めた眼差しをブランに向けた。  今までブランが言葉を話したのは、私が一人でいる時だけだった。  夫の前では借りてきた猫のように大人しく、言葉を話したり、鳴いたりもしない。  ブランが家に来てから、もう三か月。  それなのにブランは夫に懐こうともせず、夫もブランを可愛がろうとしてくれない。  夫が犬のほうが好きだったのは知っていた。  だからといって、猫が嫌いというわけでもなかった。  夫にも懐いてくれたら、少しは違っていたかもしれない。  ブランが夫に懐かない理由。  私には、それが分からなかった。 「真白(ましろ)、明日は打合せで遅くなるから、夕飯はいらないよ」 「……うん、分かった」  小さなため息をつきながら、ぬるくなったスープを口にする。  夫が信じてくれなくてもいい。  たとえ私の前でしか、言葉を話さなくても……。  ブランとの出会いは、私にとって小さな奇跡だった。
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