9人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
Blanc
『おかあさん』
家の猫は、人の言葉が話せる。
「ブランがね、今日も『おかあさん』って言ってくれたの」
「そんなこと、あるわけないだろ」
夕食の席で夫の和樹に話しても、信じてくれない。
「本当なんだから! ブラン、『おかあさん』って言ってみて」
ブランは『ニャー』とも鳴かなかった。
夫は呆れた顔で私を見たあと、冷めた眼差しをブランに向けた。
今までブランが言葉を話したのは、私が一人でいる時だけだった。
夫の前では借りてきた猫のように大人しく、言葉を話したり、鳴いたりもしない。
ブランが家に来てから、もう三か月。
それなのにブランは夫に懐こうともせず、夫もブランを可愛がろうとしてくれない。
夫が犬のほうが好きだったのは知っていた。
だからといって、猫が嫌いというわけでもなかった。
夫にも懐いてくれたら、少しは違っていたかもしれない。
ブランが夫に懐かない理由。
私には、それが分からなかった。
「真白、明日は打合せで遅くなるから、夕飯はいらないよ」
「……うん、分かった」
小さなため息をつきながら、ぬるくなったスープを口にする。
夫が信じてくれなくてもいい。
たとえ私の前でしか、言葉を話さなくても……。
ブランとの出会いは、私にとって小さな奇跡だった。
最初のコメントを投稿しよう!