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一年前。
私のお腹には、小さな命が宿っていた。
五歳年上の優しい夫。
広い庭と、白亜の大きな家。
夫は会社経営をしていて、暮らしも何不自由ない。
あとは子供さえいれば、この幸せは完璧なものになるはずだった。
私が幼かった頃、両親が離婚した。
父と母は、互いに私を押し付け合っていた。
結局、母に引き取られたが、しばらくして新しくできた男と家を出て行った。
私一人を置いて……。
だから私は、幸せになってやると心に決めていた。
私を捨てた父と母を憎めば憎むほど、その思いは強くなっていった。
生まれてくる子供にも、あんな思いは絶対にさせない。
私の望む幸せは、たった一つ。
家族みんなが仲のいい、あたたかい家庭だった。
ところが、妊娠十二週目の健診で医師から「残念ですが」と言われた。
……流産。
私にとって、もっとも残酷な言葉だった。
夢に描いていた幸せが、音を立てて崩れていく。
摘出手術の前日、病室の天井を見ながら私はイヤホンを耳にした。
聴いていたのは【エターナル・ラブ】。
遠く離れた恋人同士が、いつかまた会えるのを信じて、互いに想いを募らせる歌詞だった。
お腹に手を当てながら、歌に出てくる恋人に、生まれてこられない我が子を重ねていた。
ここにあった小さな命の灯は消え失せたというのに、この子は流れでてこなかった。
私とずっと……一緒にいたかったのだろうか?
あなたとは、いつかまた会えるはず。
どうかこの次も、私の元に帰ってきて。
歌に耳を澄ませながら祈るのも、これで二度目だった。
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