Blanc

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Blanc

 雪のように真っ白な猫がいた。  庭の花壇で、美しく咲き誇る花の陰から、首をかしげてこちらを見ている。  どこからか迷い込んできたのだろうか?  金色に輝く瞳で、まだあどけなさの残る愛らしい顔だ。 「おいで」  そっと手を差し伸べると、警戒する素振りも見せず、私の元へやってきた。  指先の匂いを()いだ猫は、『ニャァ』と一鳴きした。  小さな頭を撫でてやると、伝わってきたのは優しい(ぬく)もりだった。  その時、胸の奥にポッカリと空いていた穴に、あたたかな風が吹き込んできた。 「おかえりなさい。ねぇ、この子……飼ってもいいでしょ?」  帰宅した夫の和樹(かずき)に、私は胸に抱えた猫を見せた。 「真白(ましろ)……」 「あ、猫アレルギーなら大丈夫。この子は平気みたい、ほら」  私は、夫の前で猫に頬ずりをしてみせた。  極度の猫アレルギーを持っていたが、この猫だけはなぜか、触れても症状が一つも出なかった。 「ね、なんともないでしょ? 飼ってもいい?」 「……あ、あぁ」  その顔は曇っていた。  和樹は、猫よりも犬のほうが好きだった。  かといって、別に猫を毛嫌いしているわけでもない。 「ありがとう! 本当はね、もう名前も考えていたの」  この猫に付けた名前は、『ブラン』。  フランス語で『白』を意味する。  雪のように真っ白な体にピッタリだ。  私の名前にも『白』が入っているせいか、ブランが私の前に現れたのは、小さな奇跡のように思えていた。  そう、これは小さな……奇跡。    一年前、私のお腹には小さな命が宿っていた。  二十五歳の時、私は会社経営をしている和樹と結婚した。  五歳年上の優しい夫に、庭付きの広い一戸建て。  あとは子供さえいれば、この幸せは完璧になるはずだった。  妊娠十二週目の健診で、医師が口にしたのは「残念ですが」だ。  ……流産。  私にとって、もっとも残酷な言葉だった。
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