おかえり、トラ

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 うちには一匹の猫がいる。  名前はトラという。茶虎の猫だからトラだ。  トラは僕が小学三年の時に近所のゴミ置き場に捨てられていた。目も開かないくらい生まれて間もない頃だ。早朝に表で鳴き声がするので行ってみると段ボール箱の中を這っていた。他に兄弟もいたはずだが見当たらない。  小雨の降る寒い日だった。僕は母親に叱られると思ったが構わずうちに連れ帰った。  台所へ連れて行き、お腹を壊さないように牛乳をレンジで人肌ぐらいに温めた。  小皿に移しての前に置いたけれど飲むことができない。僕は指を牛乳に浸して目の前に差し出した。子猫は僕の指をすごい力で吸い出した。びっくりしながら何度も牛乳に指を浸して吸わせていると、物音に気づいた母親が起き出して来た。 「千翔(ゆきと)! あんた、どうしたの!」  母親は台所の入り口で目をむいて驚いていたが、結局飼うことを許してくれた。  あれから五年が経った。トラは見事な体躯の雄猫に成長した。  動物病院の先生は「何度見ても立派な猫ちゃんですねえ」と楽しそうに言う。  トラは昼間外へ出かけていく。飼い猫か野良猫かわからない二匹の猫を従えている。一匹は小柄なキジ猫でほとんど黒い。もう一匹はキジ猫より少し大きな三毛猫だった。二匹の猫を従えるトラはいかにもボスらしい。  ある時木に登っていたキジ猫が降りられなくなってしまった。さほど高さはないのに枝の上で怖気付いている。トラは前足でキジ猫をあやし、興味を向けさせ見事下ろすことに成功した。  トラは頭の良い猫だった。簡単に家中のドアを開けるし、人間の行動をよく知っている。夕方僕が家に帰って来て、トラ!と呼ぶと一目散にすごいスピードで、本当に飛ぶように帰って来た。そして僕が用意したカリカリをすごい勢いで食べた。  僕はそんなトラがとても好きだった。
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