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「旦那様からの言いつけでしたから。神楽様は、いつも不機嫌で苛々されているんです。そのせいなのか、人間たちを無駄に騙したり、弄んだりすることが多くて、旦那様も手を焼いています」
吉野は強く碧斗を見つめる。
「どうか、あなただけで逃げてください。このままでは、殺されてしまいます。もしくは、回復も難しいくらいに、心を傷つけられて打ち捨てられてしまうかもしれません」
「え、こわ」
碧斗は怯むも、果敢に言う。
「俺だけが逃げたら、吉野さんがひどい目に遭うよ。俺はそんなの嫌だ」
「……でも」
吉野は悲しそうに目を伏せた。
「吉野さんは、神楽のところにいたいの?」
「……私は……私はただ、神楽様に、幸せになってほしくて。心から笑ってほしくて。あのままではあまりに、神楽様が不憫で」
吉野の頬にはらりと涙が落ちた。なんて優しい子だろうか。ひどい仕打ちや扱いを受けてもなお、神楽のことを思っているのだ。
「こんなに心配してもらっているのに、あいつはまだまだ子どもだな」
碧斗は言うと、吉野に手を差し伸べた。
「だったら、なおさら。一度離れてみるのも手なんじゃないか。君のありがたみが分かるかもしれないしさ」
「私が……神楽様から離れる……?」
「そ。いい薬になるかもしれない。でも、君次第だけど」
彼女が神楽のことを思っていて、そばにいたいというのなら無理強いはできない。
考えたこともなかったのか、吉野は言葉もなく驚いてるようだった。
やがて、吉野はためらいつつも、碧斗の手を取った。
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