お家に帰る

　古びた車は郊外に出て、走る車の少ない道を快適に飛ばしていく。
　やがて山間が迫り、人家もまばらになってくる。車は山へと続く細い道に入っていく。
　道は舗装されてないガタガタ道になり、曲がりくねった坂道を四人を乗せた車が登っていく。
　そしてついに車では進めないというところまで来て車は停まった。その先に小屋がある
　日は沈み、辺りは暗くなり始めているが、車から降ろされた源太郎の目の前には幾重にも山が重なり、かなり山奥に来たといことがわかる。
「ほんのちょっとの辛抱だからな」
　口髭の男が声をかける。
　源太郎はキッと男を睨んだ。
「気の強いガキだ」
　口髭男に引きずられるようにして小屋に入るのを見て、面長男が言う。
「下手に騒がれるよりいいじゃないっすか」
　丸顔男が言った。

　夜はどっぷりと更けて、黒々とした山の輪郭を浮かび上がらせた空には大きな月が輝いている。
　小屋の窓からはカーテン越しに明かりが漏れている。
　小さな部屋の中では粗末なテーブルを囲んで三人の男が椅子に腰掛けている。テーブルの上のランタンの光が、男たちの顔をオレンジ色に揺らしている。
「ガキは寝たか？」
　口髭男が丸顔男に尋ねる。
「はい」
　丸顔男が返事をした。
　隣の暗い部屋のベッドの中で、源太郎がパチッと目を開けた。男たちの声が聞こえてくる。
「よし。じゃ、もう一度確認する。金の受け取りは明後日の午後一時。佐藤は空港で待機。何かあった時にはすぐに別のチケットを取れるようにしておけ」
「はい」
　丸顔男が返事をした。
「原田は運転。金は俺が受け取りに行く。金は向こうで山分けだ」
　そう話す口髭男の顔を、ランタンの明かりが不気味に浮かび上がらせる。
「ガキの始末は明日だ」

　静かな夜の住宅街。都心の一等地に近い高級住宅地だ。
　一軒の家の前の道に何台もの車が停まっている。
　家のドアが開いて一人の少女と二人の女が出てくる。源太郎の母と未菜の母、少女は未菜。
「源太郎君、帰ってくるよね」
　不安そうな顔で未菜が源太郎の母に尋ねる。
「ええ。きっと」
　未菜に言ってから、源太郎の母は未菜の母を見る。
「夜分遅くまで済みません」
「それでは、おやすみなさい」
　未菜の母が源太郎の母に向かって頭を下げ、未菜も慌てて同じように頭を下げる。
　未菜たちを乗せた車は走り去る。
　未菜たちを見送っていた源太郎の母が家に入ろうとすると、中からごつい体つきの男たちが出てくる。
「あら、刑事さんたちも？」
「加藤刑事と佐賀刑事が残ります。明日また来ますんで」
　それを聞いて源太郎の母は頭を下げて刑事たちを見送る。

　月の明かりが小さな窓の隙間から入り込んでくる。ドアの隙間からも明かりが漏れている。
　源太郎はそっとベッドから起き上がると、上着を着て、窓を開けようとした。
　開かない。
　手探りでカギを捜してみるがわからない。
　力を込めて窓を横にやったり押したり引いたりしてみる。
　その時、ドアが開いて面長男が部屋を覗きこんだ。
「おい！」
　源太郎は窓を蹴破り、水の中へ飛び込むように外へ飛び出して地面を転がった。
　小屋の中で男たちの罵声がする。
「ガキが逃げた」
「バカ野郎！　早く捕まえろ！」
　面長男と丸顔男が小屋を飛び出してきた。