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源太郎の黒い姿が、月明かりの中を駆けていく。
「おい、待て!」
面長男と丸顔男が源太郎を追う。
坂を駆け下りる源太郎が後ろを振り向いた時、ゴツゴツをした地面に足を取られて転がり、そのまま道を外れて崖のような急斜面をざざざっと落ちて行った。
男たちははあはあと息を継ぎながら源太郎が落ちて行った闇の谷を見つめる。
やがて二人はとぼとぼと小屋に帰っていった。
「どうした。逃げられたのか?」
口髭男が二人を見もせずに言う。
「谷に落ちた。生きているかわからねえ」
面長男が報告する。
「まあいい。金の受け取りは明後日だ。それまでガキが誰にも見つけられなければいい」
口髭男が言った。
高くそびえる山の間から、太陽が谷間にも光を投げかけている。山の所々にはまだ朝の靄がくすぶっている。
鳥の鳴き声で源太郎は目を覚ました。頬にはあざができ、唇を切ったためか、口から流れた血の跡が赤黒く乾いている。服はあちこちが破れ、素肌が出ているところには無数の擦り傷がある。
源太郎はゆっくりと手足を動かしてから起き上がった。
倒れていた斜面には熊笹が生い茂り、ひょろひょろと背の高い木々が天まで伸びている。
源太郎は熊笹の中から顔を出して辺りをきょろきょろと見た。
近くから水の流れる音が聞こえてくる。
「早く家に帰らなきゃ」
源太郎は熊笹をかき分けて流れの音のする方へ歩いていった。
「痛た」
源太郎は腕を押さえた。昨夜、崖から落ちた時に何かで腕を打ったらしい。
不意に熊笹が途切れて、川の流れの見えるところに出た。川の向こうは木々に覆われた急な斜面がせり上がっている。
河原には大きく尖った岩がいくつも転がっている。
源太郎は小さな崖のようになった段を跳び下りた。大きな岩によじ登り、水の流れるところまで進んだ。
きれいな水が流れている。水量は多くないが、流れは速い。
水際まで張り出した岩の上から手を伸ばして水をすくい、一口飲んだ。そしてそっと顔を洗う。
水はとても冷たかった。
やがて立ち上がると、川の下流をキッとにらむ。
「この川を辿っていけば・・・・」
源太郎を乗せてきた車が小屋の前に止まっていて、木々の間から漏れてくる太陽の光を跳ね返している。
小屋の中では面長男と丸顔男が小さなテーブルを挟んで座っている。
「兄貴、ヤバいっすよ、ガキが誰かに見つかったら」
「あそこから落ちたんだ、ピンピンしてるわけがねえ。そう簡単には麓まで行けねえだろう」
「でも、誰かに助けられでもして、ガキが喋っちまったら」
「生きちゃいねーよ」
「死んでたとしたって、谷を誰かが通ってガキの死体を見つけでもしたら」
「じゃ、見てこいよ」
「え? 俺一人で?」
丸顔男は人差し指を自分に向け、ぶるぶると首を左右に振った。
そこにドアを開けて口髭男が顔を出す。
「見てきた方がいいんじゃねーか」
「わかったよ。その分、分け前をはずんでくれよな」
面長男の言葉に、口髭男は顔を傾けてOKの合図をする。
小屋から遠ざかっていく男たちを見ながら、口髭男は手にした拳銃の弾丸を掌の上でこねくり回すようにしている。
「いくらでもやるさ。どうせ死ぬんだからな」
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