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拉致監禁
「やめて、私たちがなにをしたって言うの?」
妻の乱れた黒髪を血のりが額に張りつけている。裸の妻は毛むくじゃらの男にぶたれている。同じく裸の俺は黙って指を加えて見ていることしかできない。文字通り俺は自分の両手をめいっぱい口に押し込まれた上で、手も身体も鎖で巻かれていたからだ。
「んぬう」
妻の名前さえ呼ぶことができず、代わりに下唇から唾液が顎を伝う。
毛むくじゃらの男は猫背で無言のままに、妻を殴り続ける。床に血飛沫が飛ぶ。
「やべて! お、おねがび」
妻の抵抗は空しく、最期の懇願は顔面を殴りつけられたことで舌を噛んで終わった。
「いぎいぃぃ」
声にもならない妻の声。俺はただ目を伏せて謝るしかない。平謝りするしかない。ごめんな。俺のせいだ。ほんとにごめんな。猫にちょっかいなんか出したせいだ。ごめんな。
妻の歯が何本か飛び、顎も裂けて下顎骨が剥き出しになる。
俺はこれ以上やめろと怒鳴ったつもりだが、自分の口内に押し込められた自分の手が邪魔をしてくぐもった音しか出せない。
「君タチハ、何モシテイナイ」
その毛むくじゃらの男――猫はそう言った。
「タダ……。数ガ合ワナクテナ」
今度は俺の頭上に奴の猫パンチが降ってくる。やめろ! やめてくれ!
「ソウカ、嫌カ? 君ニハ、ソノ、毛皮を脱イデ、モラオウカ」
待てよ、こいつ何を言っている!
「ぐぬうあああ」
奴は鋭い歯で噛みつきやがった。俺の茶色の体毛から鮮血がほとばしる。
「数ガ合ワナインダヨ」
こいつ、さっきから何を言ってやがる! いかれてる!
「何デ、コンナコト、スルカッテ?」
俺はよだれを垂らしながら頷く。こんなところで死ぬわけにはいかない。ご主人様が「散歩」で行方不明になった俺たちを心配しているはずだ。
「猫ノ殺処分ノ件数ハ……犬ノ殺処分ノ件数ノ、五倍ナンダヨ。犬ダケ、大事ニ飼ワレルナンテ、不公平ジャナイカ?」
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