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「昨日も言った通り、そんな会社は辞めたほうがいい。根性も、社会人としての自覚も、足りないなんてそんなことはない。あんたはよく頑張っている。頑張りすぎている。そんなあんたを良いように利用する奴らがいるから、あんたの幸せは空っぽなんだ」
涙の払われた視界の先、私をひたすらに案ずる瞳を見返す。私は、頑張っているのかな。本当に? だって、そんなこと、今まで、誰にも言われたことがなかったのに?
何かに怯えるような、何かを恐れるような、そんな感情が込み上げる。
「……損害賠償なんて、そんな馬鹿な話あるかよ」
言い捨てた彼が、ポケットからスマホを取り出した。それを操作して、ややあって「ほら」と私に画面を見せる。退職に関するブラウザの検索結果だ。
「十四日前までに通知すれば辞められる。法律で決まってんだから、損害賠償なんてありえない。裁判所になんか駆け込んでみろよ。困んのは会社の方だ」
スマホの画面を再び睨み、憎々しげな声を出したあとに、「とりあえず」と彼が私を見た。
「疲れてるよな。送ってくから。今日はもう休みな」
昨日と同じ、ひどく優しい声でそう言って、彼は私の肩に手を添える。
「大丈夫だ、あんたは何も悪くない。大したことはできないかもしんないけど、絶対、……あんたは俺が助ける」
濡れた眼差しで彼を見上げる。
どうして、そんなに親身になってくれるんだろう。会ったばかりのひとなのに。名前も知らないひとなのに。
今まで、誰だって、そんなことしてくれなかったのに。
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