フツウの幸せ

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          *  ころん、と色とりどりなきらきらがこぼれた。向かい側の座席に腰掛けてる、女子高生っぽい子のくちから。なんだろあれ。いままで見たことない。脳がふわふわ微睡んでるから、はんぶん夢をみてるのかな。今日は日曜だから、いつもよりは寝られたんだけど。でもふわふわ、ふわふわ、頭のなかにもやが揺蕩ってるみたいに私の思考はぼやけてる。カンカンカン、と鼓膜をふるわす踏切りの音にびくっと肩を竦めて、重たいまぶたをぱち、と閉じてもっかいひらいた。そうしたらガタゴト揺れる床のうえ、色とりどりのきらきらをもいっこ見つけた。きらきら、ガタゴト、きらきら、ガタゴト、電車の振動といっしょに歌っているみたい。笑っているみたい。  きらきらはいろんなところに落ちていた。会社のエントランスにも。同僚の机のうえにも。『わたしたちの全てはお客様のために』のスローガンのしたにも。次の日には、社長の机のよこでも見つけた。「今月もお給料を頂き、本当にありがとうございます」っていっぱいいっぱいの笑顔でいっぱいいっぱいに頭を下げたときに見つけたの。まだ、はんぶん夢をみてるのかな。だから私は、いつだって気合いが足りないのかな。  いつのまにかときは流れる。ひるだった世界、あかるかった世界、いつのまにかくらいよる。いつのまにかときは流れる。よるだった世界とひるの世界、そのさかいめを私はいつのまにか飛びこえた。パソコンのキーボードをたたくのは好き。カタカタカタカタ、たまにカタタッ、て、ほら、とってもとっても楽しそうでしょう。ふわふわ、ふわふわ、ぼやけた思考のうえをおとが駆ける。ずっとずっとたたいていたい。でも、「佐原」と大きなこえでよばれたから、思考のもやがたちまち消えた。 「はい」  緊張した声で返事をして、課長のデスクの前まで向かう。課長はデスクのメモ紙を見ながら、「うちで使った半年分の備品のデータ、経理が欲しいんだって、今日中に。まとめてくれるね。領収書はこれ」  え、と声が出そうになったのを呑み込んだ。差し出されたお菓子の空き箱には山盛りの領収書が入っている。これを全部今日中にまとめるなんて。今週末が納期の、売り上げデータの入力もあるのに。 「経理も急に言ってくるから困るよなぁ。ま、佐原はパソコンが得意だからちゃっちゃとやれるだろ」
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