その猫は、人間である。

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 矛盾した生き物。  言葉と行動が成り立っていない。  今の僕にはどちらも特大ブーメランで、ひどく滑稽だろう。  笑ってる、そう言われ続けて2年ほど経つ。  最初の頃は、胸の内で何度も否定し続け、辛い言葉を喉元で押し殺しては、その息苦しさに僕は何度もトイレに籠もった。  そこは唯一の逃げ場だったが、男子トイレの個室に何度も駆け込むのは気が引けて、途中から一日一回だけと決まりを作ったほどだ。  そのせいで、僕は今だにその決まり通り、一日一回、個室に行かないと落ち着かなくなってしまった。     本当に、変な日課を作ってしまったものだ。  しかし、それほどまでに逃げ場のない毎日だったが、慣れというのは凄いを通り越して、恐ろしいものだと痛感する。  変わった名前だと言われるのも、気味悪がられるのも、たまに神経を逆撫でさせてしまうのも、しょうがない、の一言で片付けれるようになった。  いや、今はそれ以上に、かける言葉が見つからないのだ。  僕は確かに、いつも笑っている。  それは間違いのない事実である。  目に見えてそうである以上の事は、他人には関係ないのだ。  そして残念なことに、僕も僕のような奴が目の前にいたとしたら、きっと気味悪がってしまうだろうから。  今となっては、そんな第三者の目線に立って、自分自身を見つめ直すことができる。  これは慣れであり、諦めであり、成長などというプラスなものでは一切ないという事が、これまた残念だ。  11月の寂しい夜風が頬を掠めていく。  ただただ笑い続けている虚しい男には、それがひどく冷たく思えてならない。  本当は強張っている、いつもそうだ、僕はこの2年、ずっと。   『笑いたくない時だってあるの』  ふと、彼女の声を思い出す。  その言葉の意味が今となって身に沁みて、僕はぎいっと奥歯を噛み締めた。  そうだ、僕もそうなったんだ。  皮を被っただけで笑顔になって、本当に笑えない。何の冗談だって、何て夢なんだって、どれだけ思ったか分からない。
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