探索前夜

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 なんだ、と少女を振り返った男を、随分と真剣な顔をした彼女が見つめ返す。 「ランナ肉の香草焼き、もう一皿追加したいです」 「……あんたな、明日っから森を歩き回るんだぞ?」  呆れを多分に含んだ表情でそう言った男の言葉には、重い腹を抱えて明日の探索に赴くつもりなのか、という意味が判りやすく込められている。だがそれに対し、少女は無い胸を張ってみせた。 「だからこそ、英気を養うためのお肉なんじゃないですか! 大丈夫! きちんと腹八分目にしておきます!」 「…………いやまあ、確かにこれだけじゃ足りないんじゃねぇかとは思ってたけどよ……」  今日の少女はいつもよりゆっくりと食事を楽しんでいるようだったので、実はそこまで空腹な訳ではないのか、と思ったりもしたのだが、そんなことはなかったらしい。それをそれとなく少女に伝えると、案の定彼女は首を横に振って否定した。 「違いますよ。美味しいお肉を味わって食べてただけです。いつも言ってますけど、ハンターさんも狩りの最中はともかく、普段はそうした方が良いと思いますよ」 「余計なお世話だな。つーか、追加注文するならするで、なんで食い終わってから頼むんだよ。先に頼んどきゃ良いじゃねぇか」 「お腹に少し溜まってから二枚目にいけば、それ以上食べようって思うのを防げそうでしょう? 腹八分目に留めるための戦略というやつです。それに、焼き立ての方が美味しいので」  にこーっと満面の笑みを浮かべて見上げてくる少女と見つめ合うこと、数拍。男の口から小さく溜め息が吐き出されたのを見て、少女はわぁいと小さく手を叩いた。 「……ったく」  立ち上がったばかりの椅子に座り直した男が、片手を上げて店員を呼ぶ。横目に少女の笑みがいっそう深まったのを見て、仕方ねぇなぁと彼は小さく呟いた。
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