人々の夢、機械の役目

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「先生、これはなんのフィギュアですか?」  諸星立夏(もろぼしりつか)は美術室で埃を被った70cmサイズのフィギュアを指さし美術の先生、松崎速人(まつざきはやと)に訊いた。  不気味とも愛嬌があるとも言えるようなのっぺりした顔だ。  膝を少し曲げ、姿勢は妙に真っ直ぐだ。背中にランドセルのようなものを背負っている。 「ああ。昔に創られてたロボットだよ。俺が20歳の頃だからもう40年前もだな」 「今は創ってないんですか?」 「意味がないからやめたとか予算がないからとか色々言われてやめたよ」 「意味がない?」 「人型自律式二足歩行AIロボットなんて金ばかりかかる。それに二足歩行をさせる意味もない。だからやめた」 「はあ」 「諸星。一番身近にいるロボットってなんだと思う?」 「え? 一番身近……ですか?」 「そもそも、ロボットってどういう意味かわかるか?」 「えっと……」  言われてみるとロボットというものを立夏(りつか)は知らなかった。  ただ漠然と『機械』でアニメに出てくるようなものとしか私の頭の中には浮かんでこなかった。 「自律的に連続、もしくはランダムに自動作業を行う機械。そして一番身近にいるロボットは……これだ」  松崎先生はコーラの缶を立夏に見せた。 「缶は機械じゃないじゃないですか」 「違う。こいつを販売している自動販売機だ」 「あ、ああ。なるほど」 「つまり、ロボットは人型である必要はない」 「でも、人型ロボットって夢ありそうじゃないですか」 「夢っていうのは金がかかるからな……」 「わかりますー。私も目指してる大学、学費が高くて」 「はは。近いところだとそうかもしれないな」 「先生は最初から美術の先生になりたかったんですか?」 「気が付いたら美術の先生になってたかな」 「え、なるの大変なんじゃないですか?」 「世の中には宇宙飛行士が天職の人だっているんだぞ。不思議じゃないさ」 「そっかー」 「諸星は弁護士になりたいんだっけ?」 「え、ええ」  立夏(りつか)はあいまいな返事をした。 「なんだ? 本当は親に弁護士になれとか言われてるのか?」 「いや、いやいやなりたいんですよ! ただ、私、頭良くないから……」 「弁護士目指してるってだけでスゴイじゃないか」 「うう。なりたいけど自信ないのが複雑で……」 「まあ。悩みなさい悩みなさい。俺もずっと悩んできたからさ」 「ええ。じゃあ私、この悩みの迷路から一生抜け出せないじゃないですか」  松崎速人は50年前、初めて二足歩行型ロボットを目の前にして感動した。  月に行った人類は次はロボットの友達を作ると信じた。  空想の中で夢見たロボットのいる生活を夢見た。  現在、確かにロボットが日常にいる生活は一般化した。  それは松崎の想像したものと離れていた。  確かに松崎が子どもの頃、予想されていたものより遥かに便利であることはわかる。  松崎は絵を描くのが好きだった。  それは大人になっても続いた。  むしろ、それしか続かなかったと言える。  松崎は早々もロボット工学を目指すことを諦めた。  松崎は絵の中で夢を書き続けた。  もちろん、絵だけやって食えたわけではない。  ただ、結果として美術の先生になれた。  今でも『あのロボット』が創られ続けていたら世界はどこまで変わっていたのだろうか。  空を飛ぶ車が日常になり、宇宙旅行が出来、月に住めていたのだろうか。  いや、そこまではならんだろう。  ただ、松崎はそれだけあのロボットに夢を馳せていた。  無駄なことをしてはならないと言い続け、人々は夢見ることを忘れた。  あので培った技術を生かし、実用的な機械の開発を進めるというが、それでいいのだろうか。  なぜ、実用ロボットと両立できなかったのだろうか。  夢見ることは悪いことなのだろうか。  初めてあのロボットを見た時のスケッチブックを取り出した。  今だと当たり前だがもっと上手く描けるだろう。  だが、この頃の純粋さには勝てないことを私は知っている。 「キミは誰かね?」 「僕は`『夢』」  夢と名乗った真っ白な人型は両手を広げて言った。 「僕はいろんなところで生きているんだ。あの子もこの子もみんな僕を創るために生まれた技術なんだよ」 「キミはそれでいいの?」 「みんなが安心できる日がくれば僕はまた創られるだろう。夢を見ることは悪いことじゃないって伝えるのが僕の夢なんだ」  夢はぎこちない白い手を振って「また会おうね」と言って消えていった。                         『人々の夢、機械の役目 了』
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