07/日常

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07/日常

 キーンコーンカーンコーン。  放課後を告げるチャイムが鳴った。   「ふぁ〜あ……」  俺は大きなあくびをして、背伸びをする。 「今日は國枝っち、ずっと寝てたね〜」  鈴蘭が話しかけてきた。 「あぁ……昨日、色々あったんだ」  俺は目を擦りながら返事をする。 「ふ〜ん。はい、ありがとう! 返すね」  そう言って俺のカバンを渡してきた。  カバンごと……だと……。   「廃人がまた出たでござる」  黒縁メガネのラーメンが、話しをしているのが聞こえた。  俺の三つ前の席に来来軒三人衆が募っている。 「昨日の話、聞いたか?」 「あぁ……聞いたでござる」 「〝赤い人〟がまた出たらしいぞよ」 「しかも、拙者のとなりのマンションからも被害者が出たでござる……」 「それは誠か、ラーメンッ!? 気をつけろよ!」  三人衆の表情から不安の顔色が伺える。  赤い人?  そーいや、前からそんな話チラホラあったな。  つい昨日までそんな話は一切興味はなかったが……。  メリーがいる今は違う。  怪奇現象、怪異、都市伝説、オカルト全般、気になるぜ。 「えッ!? なになに!? 赤い人出たって!? まじ〜!?」  鈴蘭が席を立ち、来来軒の輪に混ざって行く。  どんな話だっけ?  確か、真っ赤なワンピースを着ている女性の怪異だったけな?  ふと、赤羽に目を向ける。  今は〝ドラキュラ・ヴァンパイア全書〟なる物を読んでいる。  相変わらず、何考えてるかわからねぇーな。  昔はこんなんじゃなかった……。  天真爛漫でお転婆で、無邪気だった。  俺の初恋の人。    別に冷めたとかじゃない。  相手をもっと知りたいのに、どんどんわからなくなっていく……、人間の気持ちなんて、わからないと言う簡単な理由で、薄れていくもんだよなーなんて思う今日この頃。 「赤羽、それ面白いの?」  赤羽は、目線だけこちらに移した。 「そうじゃないなら読む事はないでしょう」  それも、そうか……。 「そのメガネ……うざくねーの?」  赤羽はパタンと本を閉じて、ふぅーと呆れ顔で吐息する。 「そうね。國枝くん……、卵が先か、ニワトリが先かって言う論争あるじゃない?」 「あぁ……それなら知ってる」  生命の始まりが卵が先だったら、卵はどこから産まれたのか?  また、ニワトリが先だったなら、そのニワトリはどう卵なしで産まれたのか?  そんな答えの見えない問答だ。 「あれね……私の場合は、鼻メガネが先だったのよ」 「俺の知ってる限りでは、中三の夏からだよな」 「そう思うなら、そうなのでしょう」  お前とは一〇年以上も共に育っているけども、そんな事実はねぇ……。  ここ、ニ、三年の話だろ。  とは、言うモノの何を突っ込んでも「そう思うなら、そうなのでしょう」で返されんのが落ちだろうぜ。  教室のドアが勢いよく開く。 「おう一護、帰ろーぜ」  力漢だ。 「あいよ」  俺は席から立ち上がる。  ガラガラ──バンッ、と反対側のドアが勢いよく開いた。   「國枝、竹内、ハチマルビルにブス見にいこーぜ!」    フレーズだけで、誰が現れたか一瞬で悟れる。  金剛くんだ……。  このスキンヘッドの男は──  本名、竜ノ宮 龍心。通称 金剛くん。    何故、金剛なのかと言うと、その顔が金剛力士像のそれに瓜二つで、人相がめちゃくちゃ悪い。  そしてその名前でクラブラッパーとして、毎月クラブイベント「カスナイトフィーバー」でラップをしている。  力漢ばりにめちゃくちゃ喧嘩が強い。  そして、青カラーギャング〝ブルーシット〟のヘッドでもある。  都会じゃないからギャングと族が仲が良かったりする。  むしろ同じ街、同じ学校の繋がりなら、どこのチームだろうと案外、仲が良い。  知らない奴、他の街のやつ、喧嘩対象は基本的に知らないやつだ。 「え、なになに? ハチマル行くの? 私もいく〜」  鈴蘭が乗っかってきた。 「んじゃ、みんな行こうぜ」  力漢が言った。 「俺はチャリだからよ。先に向こうで待ってるわ」  と、金剛くん。 「おう! 俺ら単車だからよ。先に待っててくれ」  と、力漢が金剛くんに言った。 「チャリのが早いの、ちょ〜ウケるんですけど〜」 「一護、ヘルメット二つ乗っかってるよな?」 「あぁ、あるよ」  俺達は、駐輪場に向いながら話す。  妹のヘルメットが、いつもリアボックスに乗っかっている。 「んじゃ鈴蘭は一護のに、乗っかって行けよ」    力漢は愛車〝ゼファー400〟に跨った。  エンジンキーを回して、ヴォンッと吹かす。 「はい、はーい」 「はいよ」  と、ヘルメットを渡す。 「んじゃ向こうでな!」    エンジンを唸らせ、ゼファーが走り去った。 「よいっしょ!」  鈴蘭が、Vストロームの後部席に跨る。 「レディーが乗るんだから、事故んなよ」  と背中をツンツンする鈴蘭。 「当たりめーだろ。他人の命預かってんだ。安全運転に決まってんだろ」 「さっすが、國枝〜。かっちょいい〜!」  とちょっと前屈みに鈴蘭が囁く。  ──柔らかい、ポヨンとしたモノが背中に一瞬触れた。  鈴蘭の──、巨乳──。 「おいッ! 飛ばすぞ! しっかり俺に掴まれッ! いや──、しがみつけッ!」 「ちょ、ちょっと、話が違ッ──」    ブォォォンッ! 低回転のエンジンを無理矢理高回転域まで持っていき、急発進。  鈴蘭をしがみつかせ、俺も出発した。  ◇◇◇◇◇◇  ハチマルビルは、この市内のアポロン通りという若者向けの商店街にある。  服屋、飯屋、飲み屋、書店、ゲーセン、コスプレ用品、クラブ、ライブハウス、アニメグッズ専門店、薬屋まで、なんでも揃っている。  だいたい遊ぶところと言えば、この商店街だ。  放課後の高校生もここをフラついて時間を潰している事が多い。  ブン──、と携帯が振動した。  見ると千鶴からメッセージが来ていた。 【今日は、ともちゃん家に泊まります】  と言う内容だった。  了承のその旨を返し、ポケットにしまった。 「ねぇねぇ、AB型の取り扱い説明書だって〜、私ABなんだよね〜」  と鈴蘭。  俺達は、書店の前で立ち読みをしていた。 「お前、確かにABっぽいよな」  俺は答えた。 「俺はO」  力漢が言った。 「俺はB」  と俺。 「え〜と、天才肌で、繊細で、口下手なアーティストタイプだって、やったじゃ〜ん私ッ、あーでも二面性二重人格とか書いてあるし……」 「金剛くんもABっぽいよな」  力漢は金剛くんに話かけた。 「あん? 取り扱い説明書? 文字書いてあるだけでしょ?」  くだらねーっと付け足す金剛くん。     二面性……、ABっぽい……。  何しにハチマルに来たかと思えば、月末のイベント「カスナイトフィーバー」の宣伝用のフライヤー配りに来ていた……が、それは本当にニ、三件のおまけ程度にすませて 「あ〜本当ブスばっか、原子レベルでブス」  と、数時間もハチマルビルのベンチに座ってブスを眺めていた……。 「なんもなく明日が今日と同じ日常で来るって、どいつもこいつも思ってやがる。だから、あんなブサイクな顔してみんな歩いてんだ。大事じゃねーけど、二度と言うぜ。明日が今日と同じ日常だと誰も疑わねぇ……」  この「大事じゃねーけど、二度と言うぜ」と金剛くんは言うのだけども、大体彼がこの発言をした時は、的を得た大切な事のように響いたりする。  さすがラッパーだ。  と、こんな感じで適当に遊び俺達は解散した。  家に帰ったのは、午後九時を過ぎていた。  すっかり暗くなり夜だ。  駐車場から二階の部屋を見上げると、電気がついている。  あれ? 電気ついてんな……。  千鶴と親いねーし、メリー?  家に入り、水道の蛇口を捻る。  当然のように、当然の水が流れ、当たり前のように手洗いうがいを済ませ、二階に上がる。  ドアノブに手を回し、自分の部屋を当然のように開けた。  は? ──誰?  ベットの上に見知らぬ浴衣姿の女の子が、鼻歌を歌いながら足をバタつかせて横になっている。  全く身に覚えがない……。  目を凝らして、もう一度見る。  は? ──誰?  女の子は、こちらに気付いていない。  よく見るとあの浴衣は、千鶴の七五三の時に着ていた浴衣だ。  そのピンクの浴衣を来て、見知らぬ誰かが、当然の日常のように雑誌をペラペラめくっている。    しかも驚く事にその女の子は、頭から全然当然じゃない大きな猫耳が生えていた。  俺はゆっくりと静かにドア閉め、自分の部屋の前で立ち尽くした。  誰だ、あいつ。  どうやら俺の明日は、今日と同じ日常ではないみたいだ……。
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