03/鼻メガネ

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03/鼻メガネ

 チャイルドシートの上で車に揺られている。  寝ようとしても、姿勢が悪くて寝つけない。  置き場を見失った首だけが、人形のように傾く。  〝いったん〟を胸に抱きしめ、顔をゴワゴワの毛に押し付けた。 「一護くんそろそろ新しい〝いったん〟にしない? もう汚いぞ、それ」    前方の運転席からパパの声が聞こえる。  右隣を見ると、もう一つチャイルドシートがある  千鶴が寝ている。   「言っても無駄よ。あの、いったんじゃないとダメなんですって」  助手席のみっちゃんが、パパにそう話す。      手元の汚い〝いったん〟を抱きしめて目を閉じる。  ◇◇◇◇◇◇ 「はッ!? いったん!」  夢の中で眠り、思い出したように現実で目を覚ます。   「ん?」  胸元に人肌のぬくもりを感じる。  その形を調べるために、ペタペタと手で感触を確かめる。  背中? そのまま、下へ手を動かす。 「あん……」  と官能的な声が、鼓膜に甘く(ささや)く。    小ぶりだけど弾力があり、もっちりした感触。  形がいい────、ケツだ。  千鶴が俺の隣りで寝ていた。    メリーさんの電話にビビって、俺のところに潜り込んだらしい……。  メリーの件も大概だが、近頃連続して〝同じ夢〟を見ていた事を思い出した。    はじめて買ってもらった──、あのボロボロの猫のぬいぐるみ。  あれが〝いったん〟    いつの間にか、名前が付いていた。  親に聞いたら、俺が2歳の時に付けた名前らしい。  肌身離さず小学3年生まで、ずっと共に過ごしたぬいぐるみ。  あんなに大切にしていたのに、なぜ今まで忘れていたのか……。 「おはよー」  不届きな妹が目を覚ます。 「お前さ……、いったん、知ってる?」 「知ってるよ」 「は?」 「は?」  同じ言葉を返してくる妹。   「なんで知ってんだよ」 「お兄ちゃんずっと、もってたじゃん」 「いや、まぁ、そうか……」  普通に考えて2つしか変わらんのだから、覚えていれば知ってるか……。   「どこにあんの?」 「なんで?」 「なんでもだよ」  じーと俺の顔を凝視する。   「チッ、んだよ、もういいわ」  そう言って立ち上がると── 「私の部屋にあるよ」 「は?」 「押し入れの中」 「お、おう……」  ◇◇◇◇◇◇  二時間目の休み時間。  二年C組から来た、力漢(りきお)の熱弁を聞かされている。   「──て、わけだよ。力貸せよ一護」  鈴蘭(すずらん)の席に座って息巻く。  はぁー、喧嘩か……。  めんどくせーな。 「別にいいけど、相手どこよ?」 「日光の眼美羽好(メビウス)だよ!」 「どうでもいいけど、そこのネーミングセンス悪すぎ……」 「あぁ、ちゃんとおかしい」    力漢の要件はこうだ。  昨夜、集会中に日光のチーム〝眼美羽好(メビウス)〟と鉢合い、騒ぎになった。マッポ(警察)が来たから、その時はお開きなって解散した。    んで、向こうの頭と今日の放課後、八枚山(はちまいやま)公園でケリをつける約束になっている。  ルールは代表者を選出して、五対五のタイマン勝負。勝ち星の多いチームの勝ち。  竹内(たけうち) 力漢(りきお)は、俺の知る限り最強の男だ。  ぶっちゃけ一対五どころか、一対五〇でもやってのけるだろう。    ──が、頭が強いだけでは、竹内力漢が強いだけになってしまう。チームの強さを示したい。  〝暴霊(ぼうれい)〟そのモノの格を上げたいらしい。    こちらの選出メンバーの中には、あの悪名高いスタンプ高の菱形(ひしがた)三兄弟〝一鬼(いっき)二虎(にこ)三狼(さんろう)〟の三つ子もいる。  よくもまぁ、こんな強そうな名前を付けたな〜と感心する。  キラキラネームならぬ、ギラギラネームだ。  そして助っ人として、親友の國枝一護(くにえだいちご)の登場ってわけだ。  俺も力漢や金剛くんのように化物ではないけど、喧嘩の腕に自信がないわけではない、わけではない」  一つ付け足す事により、産まれる曖昧さで負けてもカバーができるってワケだ。   「わかった。引き受けるぜ」  まぁー、しょーがねぇーよな。  マブダチの頼みだ、二つ返事で引き受けんのが男ってもんさ。   「さすがは一護だぜ。んじゃ放課後な!」  そう言って力漢は立ち上がった。   「死相が出てる……」    その一つ後ろの席の赤羽(あかばね)が、ボソッと呟いた。 「相変わらずお前も、ちゃんとおかしい」  力漢は、赤羽の頭をくしゃっと撫でて元の巣に帰っていった。  死相ね……。  赤羽(あかばね) 紅音(あかね)。  もう名前からして真っ赤なこの女子生徒は、俺と力漢の幼馴染。    園児の時代から小、中、高と一緒だ。  机いっぱいに怪しい本が詰まれている。  そのレパートリーは、黒魔術、悪魔崇拝、宗教、呪術、陰陽道、占星術、百鬼夜行、妖怪百科、となんか色々と凄い。  小・中と天真爛漫(てんしんらんまん)でクラスのマドンナ的存在だったのだけど……。  モデルのように美しかった姿は、地味なおさげ頭と〝度が入った鼻メガネ〟の奥に隠されてしまった。    何があったかは知らないが、中学3年の夏。  赤羽は変わってしまった……。    結局、力漢にメリーさんの話はできなかったな。  今のところ、非通知着信も来ていない。  今となっては、ただのイタズラかとも思っている。  赤羽なら……、何か知ってるかもしれない。 「なぁ、赤羽」 「何かしら」 「お前ん家の雛人形、髪伸びるってマジか?」 「そうね」  そうね……、じゃねぇよ。    カップラーメンは三分で出来るんだぜ、なんて当たり前の話しをした覚えはないぜ。  赤羽はこちらを見ずに悪魔百科に釘付けだ。  ペラッと一枚ページをめくる。 「メリーさんって知ってるか?」  思い切って聞いてみる。 「えぇ」 「狙われたらどうなんの?」  パタンと本を閉じ、俺を見た。    彼女は、無言で俺の顔を凝視する。  鼻メガネのレンズに逆光が反射する。  なんかシュールだ。 「私メリー、今〇〇にいるのと、電話が掛かってくるわ。それから、掛かってくる度にターゲットに近づいてくるでしょう。そして最後に〝今あなたの背後にいるの〟と言われて振り向いたら……」    感情のない早口で淡々と語る。  言葉と共に、フガフガと鼻メガネの鼻の部分が上下に動く。 「……振り向いたら?」  俺は生唾を呑んだ。 「ジ・エンドよ」  と、言って再び本を広げた。 「何か、対処法はないのか?」  パタンと再び本を閉じて、ズレた鼻メガネの鼻を直す。   「なんて事はない、事はない」    お前も付け足しの使い所をわかってるじゃねーか。 「一つは後ろを取られない事、あと一度も電話に出ない。あとはメリーさんより先に、メリーさんの背後を取る事ね」    背中を見せるなって事か……。   「一度電話に出た後で、電話のフルシカトは?」 「無意味ね。一度でも電話に出たら……、アウトよ」    そう告げた赤羽は、陰陽道の本を手にとった。  何か助言でもあるのかと少し待ったが、何もなくただ読んでいるだけだった……。   「電話って、どれくらいの頻度なんかな?」  と、何気なく呟く。 「そうね。メリーさんとの距離にもよるのだろうけど、平均は5回だそうよ」  5回……、平均データーまで!? 「すげぇ情報量だ。まるで博士だな」 「そう思うなら、そうなのでしょう」 「まぁ、とにかくありがとうな」  とりあえず、有益な情報は……。  背後を取られるな、と逆に背後を取る、か。  後者は現実味がねぇな。  いつ来るかもわからない相手を事前に察知し、先手を取るのは無理ゲーだ。    平均5回って事は、残り4回。  ゴミ捨て場は、あの校門前のゴミ捨て場と予測すると、この近さでは時間はあまりないかもしれない。 「そう言えば……」  赤羽が思い出したかのように呟く。 「ん?」 「メリーさんと言えば、校門前のゴミ捨て場に西洋人形があったわね」 「あぁ、流石に知ってんのな」 「知ってるも何も、有名だもの」 「有名?」  どういう意味だ?   「昨日の放課後、金剛くんがママチャリに縛り付けて走っていたもの」 「はぁ!?」 「隣の茨城県まで一人じゃ心細いから、連れて行ったんですって──タフね。彼」    いや、ツッコミどころ……。   「メリーさんって一度狙った相手から心変わりするものなのか?」 「なに? さっきから……、まるで狙われた人みたいな言いぶりね」 「いや別に」  俺は苦笑い浮かべる。 「まぁ、いいわ。それはないわね。順番は変わらない」  なら金剛くんは無事か──、よかった。  そう思った、瞬間──  ブン、ブン、ブン──、とポケットに振動が走る。
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