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「すみません」
彰人は理子の隣にならんだ。
「早くごあいさつにいくべきだったのに、遅くなってました。あの、今から伺ってもよろしいですか」
「そんなかしこまらなくても。ここでこうしてお話して、もうごあいさつは済んでますよ」
節子さんはにこにこと答えた。
「でも、引っ越しそばをお渡しして歩いているんです。訪ねていただいたときにお渡しするのは何か失礼で」
「いいんですよ。そんな。そうそう、こちらこそ、早くごあいさつすべきだったですね。あ、ちょっと待って」
節子さんは急に自分のお部屋のほうにちょこちょこと歩いていった。
「勇さん、よろしくお願いします」
勇さんは少し認知症であることは噂で聞いていた。けれど、あの香川姉妹をはじめ、皆あたたかくおつきあいしているようだった。
すぐにドアの閉まる音が左のほうから聞こえて、節子さんが戻って来た。見ると、ラップにいまつつんだばかりらしい赤いきれいないちごが両手のうえにある。彰人も理子も慌てた。
「どうぞ、少ないですけどお2人で召し上がって」
節子さんが言うので、彰人は慌てて紙袋を運んできた。
「あの、これ深大寺そばなんです。引っ越しそばです。本来なら直接お持ちすべきだったんですけど」
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