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「あらあら、こちらこそ悪いわね。お若いのに、ご丁寧に引っ越しそばをくださるなんて」  そして意味ありげにふふふ、と笑った。口まわりによる皺さえもかわいらしい。 「実はね、むかーし、調布に住んでたことがあるんですよ。だから深大寺はお庭のようなものだったの」 「え! そうだったんですか」 「まだね、今の植物園がおそば畑だった頃も知ってるんですよ」 「わあ、それはすごいですね。羨ましいなぁ」  彰人もすっかり上機嫌だ。  節子さんは今度は理子のほうを見て微笑んだ。 「ふふ、実は香川さんたちのお部屋の『女子会』、声が聞こえちゃったのよ」  不意を衝かれた理子は真っ青になった。 「そ、そうですか。あ、あの」 「お幸せにね、お2人とも」  彰人は何も気づかず、「ありがとうございます!」などと答えている。このときほど理子は彰人が鈍感でよかったと思ったことはなかった。  先ほどの5階での驚くべき恐怖体験とはまるで対照的な、心にぽっと温かい火が灯るようなひと時だった。ハナも眩しそうに老夫婦を見送った。
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