今日から龍神様の花嫁です。

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 予想外の言葉に、頭が追い付かない。  まじまじと少女を見詰めると、照れたように頬を染めた。 「龍神様に若い娘が必要だと噂を流してから早百数年……いやあ、ようやく嫁げたんですもん、感無量で泣きそうになっちゃいました!」 「いや、ちょっと待て!? お前が、あの白狐……?」  かつて焦がれた白く美しい狐と、目の前の少女。見た目も雰囲気も、似ても似つかない。  けれどその真っ直ぐな瞳には、覚えがあった。 「はい! ……恋患いでうっかり神様業も疎かになって、力を完全に失う前に人間に慌てて転生する手筈を整えたんです」 「こい、わずらい……? 俺のせいじゃ、なかったのか?」 「いやまあ、恋患いの相手はあなたなので、原因はあなたではありますけど……自業自得というか?」  自分のせいで彼女の存在が消えてしまったと、何度自分を責めただろう。  村への加護を弱めても、信仰が白狐に戻ることはなかった。  しかし、原因は信仰云々ではなく、恋患い……? 「大変だったんですよ、転生って中々上手くいかなくて。男の子に生まれた時は女装すればいけるかなって頑張ってみたり、人間になれない時もあったし……でも、やっと念願叶ったんです!」 「……。そこまで苦労して、人の身に下って……神としての存在に、未練はないのか?」 「そりゃあ勿論、あなたと永く同じ時間を生きられる神様も捨てがたかったんですけど……神様は例外的な事がないと、自身の社を出られない。中々会えないじゃないですか」  少女の瞳には、迷いはなかった。  ただ一度出会ったあの日と同じ、強い意思を持った瞳。 「同じ山に居て、会えたのはあの時ただ一度きりだったしな」 「ええ、だから私、決めたんです。……あの日からずっと、あなたをお慕いしておりました……あなたに嫁ぐために、人間に生まれ変わったんです」  少女の言葉を聞いて、初めて心に燻っていた熱に、名前がついた。  嗚呼、百年忘れられなかったこの気持ちは…… 「……、ははっ。こんな女だとは、思わなかった」 「えっ、も、もしかして……嫌いになりましたか!?」 「いや、逆だ」  少女の小さな身体を抱き上げて、額同士を重ねる。  至近距離に見た瞳に映った俺の顔は、今まで見たことのない笑みを浮かべていた。 「今日から宜しく頼む、俺の花嫁」 「……っ、はい!」 *********  こうして龍神と狐の花嫁の百年越しの恋は、嫁いだその日から愛に変わった。  また五年後に新たに嫁いで来る新しい生け贄を狐の花嫁が威嚇したり、村の危機のために龍神が頑張ったり、百年前に出会った日の事を思い返したり。  神様と元神様の初恋同士の新婚生活は、これからも続く。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加