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この村は、古くから村外れの洞窟に住むという『龍神』により守護されていた。
雨が降らず作物が枯れかけた時。
山火事が起きてあっという間に人里まで火の手が回った時。
漆黒の龍が空を舞い、たちまち雨を降らせたそうだ。
それからというもの、この村では秋になると、龍神にその年の作物を供えるのが風習だった。
けれど百年経つ頃に、龍神の力が弱まったと誰かが噂した。
龍神の力を保持するには、若い娘が必要だと。
それから風習は形を変え、いつしか五年に一度『龍神の花嫁』という名の生け贄を捧げることになったのだ。
誰も娘や近しい者を『神の嫁』とは名ばかりの生け贄になぞしたくはなかった。
そして村人は考えた。
『最初から生け贄として育てれば、情も湧かないのではないか』
そして今年も、龍神の嫁入りの儀式が始まる。
「……花嫁よ、準備は出来ましたか?」
「はい……只今参ります」
結われた黒髪に、美しい白無垢。
初めて紅を引いた唇は一文字に閉ざされ、今年の『龍神の花嫁』は生まれ育った社を出る。
嫁入り支度をしてくれた世話役の老婆は、いつかこの日が来ると知りつつも大切にしてくれた。
恩に報いるように最後に頭を下げると、老婆は涙を堪えきれぬように目元を拭った。
幼い頃に親を亡くし、一人社に身を寄せて早十年、ついにこの日が来たのだ。
花嫁は震える手をそっと握り締め、嫁入りの儀として祭のように賑わいを見せる村人達の見送りを背に、龍神の住まうとされる洞窟へと向かった。
*******
山道を抜け、夜更けにようやく洞窟まで辿り着くと、逃げぬようにとついて来た村人の男達は、花嫁がその暗穴へと入るのを待った。
しかし花嫁は小さく震え、涙を滲ませ立ち竦んでいる。
それもその筈だ、花嫁となれば村には戻れない。
百年以上昔、実際に龍神の姿を見た者ももう生きてはいない。
ずっと社で生きてきた女一人で山道を戻る事など不可能に近いし、この洞窟の奥に待つのが冬眠を控えた熊かもしれないのだ。
「すまんな、これも村のためだ」
「お前さんが立派に嫁いだと、村長にも、世話役の婆様にも伝えておくからな」
「……はい。……龍神様の元で、幸せになりますね」
男達の言葉に頷く花嫁は、暫く打ち震えた後、そう言って明かり一つない洞窟へと、足を踏み入れた。
あっという間に暗闇に飲み込まれた花嫁の、不釣り合いな紅の引かれた口元は、まるで三日月のように弧を描いていた。
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