今日から龍神様の花嫁です。

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*******  洞窟の入り口が何やら騒がしい。  嗚呼、そうか。今年は生け贄の年か。  村の人間は信心深い。  毎度律儀に若い娘を送ってくるのだ。  しかしまあ、人間の娘が欲しいなど、一度たりとも言った覚えはないのだが。  前に来た生け贄は、俺に会った途端恐怖から気を失い、固い岩肌に頭を打って、そのまま死んでしまった。  その前の生け贄は、俺に会う前に洞窟から逃げて、村に帰ろうとして遭難したか熊に食われたか、ついぞ戻って来なかった。  その前は、俺に会う恐怖に耐えかねてか、洞窟からすぐの所で舌を噛んで自害していた。  今年のは、せめて死んでくれるなと願うばかりだ。  入り口付近の村人の気配が消えて、どれ娘を迎えに行くかと立ち上がったが、暗い道程だろうに、一度も迷ったり転んだりする気配もなく此方へと向かってくる足音に、思わず動きを止める。  足音は小さい。やがてひょこりと顔を出したのは、まだ幼い少女だった。 「……お前が、今年の生け贄か」  花嫁の装いをしているが、まだ十かそこらだろう、幼い顔立ちに、めかしこんだ紅は不釣り合いだった。  少女は俺の顔を見るなり、可哀想なほど震えて、瞳に涙を溜める。  せめて怖がらせぬようにと人の姿を真似て出迎えたものの、時間が足りず所々鱗は残るし、角も尻尾も消せなかった。  見る者によっては、人間の紛い物だと逆に怖がられるかもしれない。  やはり駄目だったかと、また死ぬ姿を見ぬよう背を向けるが、少女は何を思ったか尾を目掛けて思い切りタックルして来て、その衝撃につんのめる。  驚いて振り返ると、少女は俺の長い尾に抱き付いていた。 「な……っ!?」 「龍神様、龍神様ですね!」 「そ、そうだが……」 「嗚呼、漸くお会い出来ました……私、今日からあなたの花嫁です!」 「……、は?」  白無垢を着ているとは思っていたが、生け贄が俺の花嫁だとは思っても居なかった。  そもそもそれを聞く前に、いつも生け贄は死んでいたのだ。  というか、五年に一度も花嫁を送るとはどういうことだ?五年毎に嫁を変えるような飽き性だと思われているのか?  予想外の事にぐるぐるとした思考が纏まらず、思わず尻尾が揺れる。  すると少女は振り回されて、その細い体はあっという間に地に投げ出された。 「……! すまない、死んでないか!?」 「あはは、死んでません死んでません。私、こう見えて頑丈ですから!」  むくりと起き上がり力瘤を見せ付けるようなポーズをした少女に、それは違う気がすると思いながらも一息吐く。  しかし、少女が先程震えて泣きそうな顔をしていたことを思い出し、空元気なのではないかと様子を伺う。  とりあえず、この少女は俺と会っても死ななかった。話が通じるかもしれない。 「……花嫁とか言ったな」 「はい!」 「ならば離縁だ、出て行け」 「えっ!?」 「嗚呼、今出ても暗くて山で迷うだけか……今夜は泊めてやる、朝日が昇ったら出て行け」 「そんな、何でですか!? 私、あなたに嫁ぐために……」 「何でもだ。嫁など要らん。歴代の生け贄は皆死んだ、お前も死にたくはないだろう」  追い出されまいと再び尾にしがみついた少女の動きが、ぴたりと止まる。  そうだ、それでいい。  怯えて出て行って、そのまま何処かで生きればいい。  けれど予想に反して少女は顔を上げて、煌めく笑顔を見せたのだ。 「本当ですか!? じゃあ、あなたのお嫁さんは私だけですね!」 「……は? いや、ひとの話を聞いて……」 「ふふっ、神様は一夫多妻とか良くあるから、心配してたんですよね。良かったあ!」 「お、おい……」 「私が、龍神様の初めての花嫁かぁ!」  駄目だ、全く話を聞かない。  嫌々生け贄になったんじゃないのか?  生きて逃げられるのなら、そうするのが普通だろう。  俺の機嫌取りの為に、嫁という立場を肯定しているようでも無さそうだった。  訳がわからない。  どうにか少女を諦めさせようと、別の方向から断ってみることにする。  なんだって、神の方からこんなに必死になって生け贄を断らないといけないんだ。 「お、俺には、既に心に決めた奴が……」 「え、誰ですか? どんな人ですか? もしかしてかつての生け贄ですか?」  圧が強い。  とてもじゃないが、人間の少女の圧じゃない。思わず怯みそうになりつつも、顔を背けて言葉を続ける。 「……百年くらい前に会った、他所の神だ」 「それって、山の反対側の祠の、白い狐の……?」 「嗚呼、そうだ……、って、ちょっと待て、なんでお前がそいつを知っている?」  百年も前、山でたまたま、一度会ったきりの美しい白狐の神。  恋までとはいかずとも、百年間その姿を忘れた事はなかった。  俺が村人から神としての信仰を集めすぎたせいで、相対的に狐の神は力を失ったと聞いてから、俺の村への加護も弱まってしまったが……まさかその原因が村人にも知れ渡っていたのだろうか。 「嗚呼、それは……私がその白狐だからです」 「……は……?」 「やだもう、両想いですね! ふふ、あなたに嫁ぐために、わざわざ人間に転生した甲斐がありました!」 「……、え、いや……はあ!?」
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