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一.
闇に闇を塗り付けるが如き、暗曇垂れ込める丑三つ時。
強風に揺れる木立のざわめきの中に紛れ、ずる、ずる、と、何かが地面を引きずり進むような音が重なる。
と、生い茂った草葉を分け、今にも途切れそうな荒く険しい呼吸にぐるぐると喉を唸らせながら、影が一つ、這い進んできた。
影は、重たげに半身をもたげると、朦朧とする視界の中に、打ち捨てられ朽ち掛けた水車小屋を認める。
乾いた砂の地面を、ずる、ずる、と、全身から染み出す赤黒い液体で湿らせ、何度か力尽きたように倒れ込み、しかしながらもようやく、かろうじて、影はその入口へと辿り着き、僅かに開いたままであった扉の隙間へと身をよじり込んだ。
途端に、苔むし腐った木材のカビ臭さをも打ち消すような、ねばついた赤黒い臭気が鼻を突く。
少し驚いたように、影は何度かそれをゆっくりと吸い込んで、そして薄っすらと笑った、ように見えた。
が、外で強風が折り飛ばした木の枝が落下して転がった物音に、ひどく警戒した様子で身を震わせ息を殺すと、影は、小屋の奥へと再び這い始めた。
差し込む明かりも無い真闇の中、床に転がる小さな何かの塊と、そこに群がっていた幾匹の虫を、腕や腹で轢き潰しているのを感じながら、影は小屋の突き当りで、納戸と思しき三尺四方ほどの扉にぶつかる。
影はその扉を、手探りに、がたぎしと軋む音をできるだけ立てぬように半分ほど開くと、その内へとずるりと潜り込み、またがたぎしと閉じた。
体を伸ばすこともできぬ狭い納戸の中、影はそれでも大きく息をつくと、落ちるように眠りに就いた。
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