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「そうだよねえ。なんで美味しいものほど身体に悪いんだろ」
「ほんとだよね。アーリオ・オーリオもたっぷりオリーブオイル使ってるし」
「わかるー」
私は大きく頷く。ほんとは何もわかってない。
……けど、良い調子だ。
折谷くんとの会話の中でアーリオ・オーリオが徐々にその姿を現している。まだ今のところ、オリーブオイルをたっぷり使ったパスタ、ということだけだが。
もしかするとペペロンチーノの別称なのでは? という希望が一瞬頭をよぎったが、同じメニュー欄にしっかりとペペロンチーノも記載されていた。しかもアーリオ・オーリオよりもわずかに値段が高い。
ペペロンチーノも結構シンプルなパスタのはずだけど、その下を行くアーリオ・オーリオってほんと何者?
「ほんとアーリオ・オーリオは時間や距離をも越えて愛される美味しさだよね。僕、最期の晩餐は絶対アーリオ・オーリオって決めてるんだ」
そんなにか。マジか。
私は疑惑と驚きを決して外には出さず、なんとか彼に同調する。
「うんうんだよねだよね。私も三度の飯よりアーリオ・オーリオが好き」
「君は本当に素晴らしいよ」
いや何がだ。
私の意味不明な返答で一層増した彼の目の輝きについツッコんでしまいそうになったけど、どうにか心の中で留めることができた。あぶないあぶない。
「折谷くんはアーリオ・オーリオのどこが好き?」
さらにアーリオ・オーリオの正体を暴くべく私は彼に質問を重ねる。
「有川さん」
彼は私の名前を呼んだ。
そしてひとつ深呼吸をして。
「それはなんて残酷な質問なんだろう。まず天の川の流れのような清らかで滑らかな舌触り。そして、目に見えない幸せを鼻腔から心へと運ぶ芳醇な香り。それらがフォークの先端に緩やかに巻き付き、一等星のように煌めく姿を見るためなら僕はどんな惑星にだってひとっ飛びだろうさ。ああどうしよう、どこが好きなんて決められないよ」
ああこれ完全に地雷踏んだわ。
まるで夢でも見るかのように虚ろな目をしてぺらぺらと喋り続ける折谷くんはまるで何かに憑依されたかのようだ。こわい。こわすぎる。しかもこんなに喋ってるくせに何の情報もない。マジでアーリオ・オーリオって何なの。
「ご注文はお決まりですか?」
ついには呪詛のようなアーリオ・オーリオ賛歌を口ずさみはじめた彼に心を壊されそうになっていた私には、その店員さんが救世主に見えた。
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