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「ありがとうございます」
「え? いやあの……」
私が命を救ってもらったお礼を言うと困惑したように店員さんは眉を寄せた。
しかし彼女はすぐにすべてを飲み込んだのか、その表情を戻す。さすがプロ。
「ご注文はお決まりですか?」
店員さんは笑顔でもう一度繰り返す。
私が迷っていた。
ここで嘘を吐き続けるか、すべての罪を認めるか。
この流れで私がアーリオ・オーリオを頼まないなんてことはまずあり得ない。ここまで褒め殺しておいて別のものを頼むなんて、流石にその違和感は誤魔化しきれないだろう。
じゃあ頼めばいい、とそう簡単なものでもない。まだ私はアーリオ・オーリオの全貌が掴めていないのだ。
もしも想像と遥かに違う奇怪な料理が出てきたらどうする。私は反応せずにいられるだろうか。ここまで自分の感情を隠してきた私だが「あーそうそうこれこれ。これこそアーリオ・オーリオよね。アーリオとオーリオよね」という顔で何事もなかったかのようにフォークを進めることができるだろうか。
……正直、微妙なところだ。
ならいっそここで「ごめん、実はアーリオもオーリオも初対面なの」と認め、他のメニューを頼んでしまえばいいのかも。
いや待てよ、ここまで盛り上がっておいて今さらそんなことを言ったらどうなる? 彼の絶望は計り知れない。あの瞳に散りばめられた星々が一瞬でブラックホールに呑み込まれてしまうだろう。
きっと私のことも、嫌いになる。
その事実が私の心の針を揺らす。
「じゃあ僕はアーリオ・オーリオで」
当然のように彼は注文する。そして「有川さんはどうする?」という目でこちらを見る。いや「有川さんもアーリオ・オーリオだよね?」という目かもしれない。
これ以上注文を迷っているのも不自然だ。しかし決断には勢いが足りなかった。一度失速した決断力はすぐには戻らず、焦りばかりが募っていく。
はやく、はやく決めなきゃ……っ!
「申し訳ございませんお客様」
ぐるぐると渦巻く葛藤と焦燥に、ぎゅっと拳を握った私の頭上に透き通った声が降ってきた。
顔を上げると、そこには心苦しそうな表情の店員さん。
「アーリオ・オーリオは本日完売してしまいまして」
それを聞いて、折谷くんは「えええ」とあからさまに肩を落とす。
私はこの恩人のことを一生忘れないと誓った。
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