24人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃあこの席にしようか、有川さん」
「……うん」
私は彼の左手で指し示された席に座る。
当然のように奥のソファ席を譲ってくれる折谷くんは本当に紳士だ。同じ高校生とは思えない。
「ごめんね急に呼び出して」
「ううん、全然いいの。今日はちょうど空いてたから」
嘘だった。
今日の放課後はクラスの友達と本場タイ式マッサージに行って、話題のロウリュで汗を流したのち、ケバブサンドで締めるというグローバルプランがあったのだが「ごめん。私やっぱり日本が好きなの」とすべてキャンセルしたのだ。
けどやむを得ないよ。だってあの折谷くんのお誘いだもん。
かっこよくて、紳士的で、みんなに好かれていて、けれどプライベートは誰もよく知らない少しミステリアスなところもまた魅力的な、私の片想いの相手。
そんな彼に呼び出されたら。
「有川さん、大事な話があるんだけど今日の放課後ってヒマ?」
「食欲のないゾンビくらいヒマです」
二つ返事どころか食い気味にそう返しても仕方ないよね。しかもそんな意味深な誘い方されたら尚更だよ。
だって高校生男女がする大事な話なんて、ねえ?
ただ、呼び出された場所が校舎裏じゃなくてイタリアンレストランだったのは意外だったけど。
「とりあえずなんか食べようか」
「そうだね。ちょうどお腹も空いたし」
あ、これじゃ大食い女だと思われちゃう。急いで「ちょっとだけ」と付け加える。
折谷くんは優しく笑って、私が読みやすいようメニューをこちらに向けて開いてくれた。
なんて笑顔だ。心に焼き付く。
イケメンは三日で飽きるって言うけど、私は飽きる自信がない。
「……え、えっと折谷くんは何を頼むの?」
「ああ、僕?」
私が尋ねると、彼は細くてきれいな人差し指をメニューの上に置いた。
「僕はやっぱりアーリオ・オーリオかな」
私の敗因はこの時だった。
確かに折谷くんのスマイル爆弾を受けて頭が正常に回らなかったのはある。ただそれ以上に、私は見栄を張ってしまったんだ。
私はアーリオ・オーリオを食べたことがなかった。というか正直どういう料理なのかもよくわからなかった。
ただ知らないなら知らないで「アーリオ・オーリオってなに?」と素直に聞けばよかったんだ。それなのに。
みんな知ってて当然のように書かれているその料理を知らないなんて。
好きな人に私の無知を晒すなんてできなかったから。
「あー……美味しいよね、アーリオ・オーリオ」
そう言ってしまったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!