Triangle-others-

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それは教師になって5年目の春、元気な男の子が僕の前に現れた。 「先生!おはようございます!」 ネクタイの色は青。1年生だ。ということは昨日入学したばかりの子だけど、なぜこんなところに? その子はまるで嵐のようにそう挨拶をすると、またすぐに来た道を戻っていく。それはそうだろう。急がなければ間に合わない。あと少しで朝のホームルームが始まる。 いま僕がいるのは専門教室が入る西棟の3階だ。対して生徒たちの教室は反対の東棟で、しかも1年生ということはあの子の教室は4階ということになる。ここは渡り廊下で繋がっておらず、西棟から東棟に行くには一度1階まで降りなければならない。 間に合うのかな?あの子。 「元気な子ですね?知ってる生徒さんですか?」 同じ準備室を使っている先生にそう言われるけれど、全く知らない子だった。 オメガの子だったな。 わざわざ僻地の生物準備室まで来てそのドアを開けたその子からは、いい香りがした。 ということは、僕とは在学中関わることは無いだろう。 絶対ということではないけれど、アルファの教師はオメガの生徒を受け持たない。まあここは公立校なので、私立ほど厳密に分けられている訳では無いけれど、余程オメガの数が多くない限りアルファはオメガを受け持つことは無い。実際僕はまだ受け持ったことは無い。 だけどあの子、朝からよくここまで挨拶だけしに来たな。 明らかに僕に向かってしてくれた元気な挨拶。なんだか朝から嬉しくなる。 でもあの子、何で僕のところに来たのだろう? アルファの教師は珍しい。だからありがたいことに僕に憧れてくれる生徒もいるにはいるけど、昨日入学したばかりのオメガの生徒との接点なんてあったかな? 今年は1年生を受け持ってないので、入学式には出席してないし・・・はて? 実は僕にじゃなくて、同じ部屋の先生に挨拶したのかな? なんて思っていたけど、その子は次の日もやってきた。 「先生!おはようございます!」 明らかに僕を見てそう挨拶すると、またすぐに戻っていく。 やっぱり僕に挨拶してくれてるよね? でもいつも挨拶を返そうとする前に行ってしまうので、結局その子とはその一瞬しか会えなかった。 だけど、朝から元気をもらってるみたいだ。 いつしかあの子の挨拶を、僕は毎朝楽しみにするようになった。 だけどいつも時間が無くて大変そうだな・・・。 そう思って僕はつい、あの子がドアを開けた瞬間に言ってしまった。 「今度はお昼においで」 まさか僕から声をかけられるとは思ってなかったのだろう。その子は一瞬言葉につまり、その日は挨拶なしで帰って行った。何だかその時の慌てた顔が可愛くて、思わず笑ってしまった。 そしてお昼。遠慮がちに鳴るドアノック。僕がそのドアを開けると、いつもの挨拶の子がちょこんと立っていた。 朝はあんなに大胆にドアを開けるのに。 そのギャップが可愛くて、また笑ってしまう。 「さあ、お入り。お昼持ってきた?」 「はい」 それが僕たちが交した最初の言葉だった。
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