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それからその子は毎日お昼を持って、生物準備室に来るようになった。
朝は大変だからと思って『お昼においで』と言ったのに、その子は毎朝の挨拶も欠かさずやってきた。だから僕はその子と毎日2回会う。と言っても、アルファとオメガが2人きりで密室で会うことは禁止されているので、大抵他の先生もいるし、時々居ない時はドアを全開にしている。
だから僕たちはあくまでも先生と生徒。
それ以上でもそれ以下でもない。
でも僕はアルファだから、その子の思いが何となく伝わってくる。
淡い恋心。
その子は確かに僕を好きでいてくれる。
でも僕は先生だから、生徒の思いには応えられない。
だから僕は、ずっと気付かぬふりをした。
その子もまた、表立っては伝えてこなかった。
そうして僕たちは先生と生徒のまま、変わらぬ距離を保っていた。
それでも僕も人だから、感情だってちゃんとある。
その子を、ただの生徒として見れなくなったのはいつのことだっただろう?
それでも越えては行けない境界線。僕はそんな気持ちをおくびにも出さず、その子の前では先生という仮面を被り続けた。
だけど、その子はまだ10代の子供。時には冷静さを失い、暴走してしまう。
口に出さなくても、好きだという気持ちを隠さずにぶつけてきてくれるその子と、大人の精神力で平静を保っている僕。
そんなことを知らないその子はいつしか、自分の恋に悩み、そして爆発する。
淡い恋心はやがて熱い思いに変わり、そして激しくなっていく。なのに僕は先生という仮面を外さない。
そんな仮面の存在を知らないその子は、自分の思いが受け入れらず報われないと思い、他人に嫉妬した。
抑えきれなくなった思いは爆発し、真っ直ぐな思いが僕に向けられる。
純粋で熱い思い。
そんな思いをぶつけられて、どうしてまだ仮面を被り続けられるというのか。僕の中に密かに隠してあったその子への思いは溢れ出し、僕もまた、その子に思いをぶつけた。
だけど僕は先生だから、思いを解放出来ても言葉にして抱きしめてあげることは出来ない。
それでも、君への愛を伝えたい。
本当なら君をこの手で抱きしめて、その耳に囁きたい。
『僕も好きだよ。愛してる』
でもそれは出来ない。僕は先生で君は生徒だから。
だから待っていてくれ。君が卒業するまで。
言葉にできない思いでも、それはその子に通じてくれた。
僕達は言葉にも態度にも表せなかったけど、その時確かに心を通わせ、結ぶことが出来た。
そうして僕達はそのまま先生と生徒まま、残りの学校生活を送ることになった。
僕達は本当にこの関係を崩さず、学校以外で会うことも無く、触れ合うこともなく、それでも心だけを繋いで過ごしてきた。
その間にもその子への思いは募っていく。
本当は触れたい。
思い切り抱きしめたい。
あの笑顔を独り占めしたい。
そんな思いを耐え、あの子も我慢した。
だけど、それももうすぐ終わる。
きっとそんな油断があったのだろう。
僕達は自分の思いを2年以上我慢した。だからあと3ヶ月くらい、待てるはずだったんだ。なのに、それが逆に気を緩めてしまった。
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