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「う、うわあ……す、素敵なお店ですね……」
店に一歩入って、眼鏡の奥の両目を見開く。
響己に招待されたのは、洒落た内装のイタリアンレストランだった。お洒落バリアが張り巡らされて、奏ひとりなら近づくことも許されない。アッパークラスのための空間だ。
響己から連絡がかかってきたのは翌々日――今朝のことだ。この前話した店で夕食を一緒にしないか、と誘われて、断るわけにもいかずにオーケーした。
「気に入ってもらえたのならよかった。今日は遠慮しないで好きなものを食べて欲しいな」
響己は椅子に座りながら、にこりと微笑みかけた。
なんて酔狂な人だろう。奏は呆れた。
おれを誘うのなら、そこらの定食屋でじゅうぶんなのに。っていうか、そもそもおれみたいのじゃなくって女の人を誘えばいいのに。花藤先生に誘われたら、大抵の女の人は大喜びするはずだ。それなのによりによってこのおれ――コミュ障編集者の内海奏を誘うとは。金と時間の無駄にもほどがある。
そういえば花藤先生って、女優の三塚紗織(みつか さおり)と噂があったよな。あの人とどうなってるんだろ。
響己の作品が映画化された際、主演を演じたのが人気女優の三塚紗織だ。あの映画は奏もシアターで観たが、原作を損なわないなかなかの出来だった。
「なにが食べたい?」
響己はメニューを差し出しながら訊いてきた。メニューにはイタリア語と日本語の両方で品名が書かれている。が、肝心のお値段が書かれていない。これは非常に頼みづらい。
「え、え、えーっと、そ、そうですね……」
「前菜はお任せにしようか。メインは肉と魚、両方頼もう。パスタとピザはどうする?」
けっきょくオーダーは、ほとんどすべて響己が決めてくれた。メニューを見てもなにがなんだかなので助かった。
「内海くんはお酒は飲めるの?」
「い、いえ、ほ、ほと、ほとんど飲みません」
友人のいない奏に誰かと飲みにいくような機会はなく、家でひとり酒を楽しむような柄でもない。酒を飲む機会は編集部の飲み会や、出版関係のパーティーくらいだ。
「まったく飲めないわけじゃないなら、ワインを一杯だけつきあってよ。もしも酔っぱらっても、ちゃんと家まで送っていくから安心して」
響己は人懐こい笑みを投げかけてきた。
ああ、笑顔がまぶしい。サングラスを持ってくればよかった。いや、持っていたところで店内でかけるわけにはいかないか。
最初にワインが、次に前菜の美しく盛られた皿が運ばれてきた。見慣れない料理に目を奪われる。あのオレンジ色のものはスモークサーモンだろうか。それに卵焼きのようなものや、マリネらしきものなど、カラフルな前菜が一皿に盛りつけられている。
奏はいつも和食しか作らないが、こういった料理を目にすると自分でも作ってみたくなる。今度作ってみようかな、と考えて、作ったところで食べさせる相手がないことを思い出す。家に呼べるような友人はいなかったし、恋人なんて生まれてこのかた存在したことがない。
我ながらわびしい人生だ。
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