一話 あなたは王子の同居人として見事に選ばれました

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「俺が人間を嫌っているのは、おまえたちがあまりに愚かだからだ。恋のためにすべてをなげうつなんて、愚者のすることだ」 「あの、お、王子、に、人魚姫って知ってますか?」 「は?」  いきなりなにを言い出すんだ、この愚者代表は。と言わんばかりの表情だ。 「ああ、おとぎ話のか。おまえの本棚にあった奴だろう。あれなら読んだが、それがどうした」 「に、人間界には、お、お、おとぎ話っていろいろある、んですけど、お、おれは人魚姫がいちばん好きで……」 「俺がいつおまえの好みを訊いた? そんなことはつゆほどにも興味がない」  ぐっと言葉につまったが、がんばって口を開く。 「あ、あの、おれ、に、人魚姫ってすごく勇敢だなって思うんです。こ、恋のために声を捨てて、お姫様っていう立場も親も家族も友人も、な、なにもかも捨てて異世界へいくんです。並大抵の勇気じゃないなって……。に、人魚姫って凛々しくって格好いいなって、子供のとき読んで思ったんです」  奏がなにを言いたいのかわかったらしい。ミハイエルは嫌そうに眉を寄せた。 「あんな話は愚者の愚行による馬鹿げた悲劇だ」  切り捨てるような口調だった。 「お、おれはそうは思いません。に、人魚姫は自分自身の想いに嘘をつかなかった。素直にまっすぐ生き抜いた。あ、泡になって消えていくときも、きっと後悔なんてしてないって……悲劇なんかじゃないって思うんです。……お、王子のお母さんも人魚姫みたいですよね」  ミハイエルはむっつりと押し黙っている。 「こ、こ、恋のために異世界へ飛びこむなんて、す、すごい勇気です。でも、に、人魚姫と違って、お母さんの恋は実ったんですよね。す、好きな人に愛されて、子供まで授かって、幸せでしたでしょうね……」  その子供に生まないほうがよかった、などと思われたら、それこそ悲劇だ。魔界の生活や出産が寿命をすり減らしたのだとしても、後悔なんて欠片もしなかったに違いない。そのくらいのリスクは最初からわかっていたはずだ。  ミハイエルは黙ったままだ。睨むようにテーブルを見つめている。あんなに見つめたらテーブルに穴が空くんじゃないだろうか。  気詰まりな沈黙がテーブルへ落ちる。どうしよう。なにか話かけたほうがいいんだろうか。  さっきは人魚姫推しの情熱もあってぺらぺらしゃべってしまったが、一旦落ちつくとなにを話せばいいのかわからなくなってしまう。 「……え、えーっと、あの、お、お、おれからの質問は、い、以上です。あ、ありがとうございました」  なんとなくぺこりと頭を下げる。 「お茶」 「え?」 「お茶のおかわり、と言っているんだ」  アーモンドの形をした目に睨まれて、鞭打たれたようにガスコンロへ向かう。 「ど、どうぞ」  マグカップを差し出すと、ミハイエルは無言で口へ運んだ。  話が終わっても、さっさと部屋へもどろうとしない。たったそれだけのことに胸の奥がそわそわとうれしくなる。  ミハイエルはずっと無言のままだったが、もう沈黙は気にならなかった。
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