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「内海奏(うちうみ そう)様」
長髪の男に名前を呼ばれて、奏はますます目を見開いた。男は一歩前へ歩み出る。おめでとうございます、と叫んだのも、紙吹雪をばらまいたのも、この男だ。
「どっ、ど、ど、どうしておれの名前――っていうか、あ、あ、あなたたちいったい、だ、誰ですか。あ、ちょ、ちょっと、どっ、土足は、やっ、やめ、やめて欲しいんですけどっ!」
「おっと、これは失礼。この国は家の中では靴を脱ぐ習わしでしたね。ほら王子、靴を脱いで」
そう言いながら爪先の尖った革靴を脱ぐ。
王子ということは、どこかの国の王族だろうか。確かに高貴な印象の少年ではある。いや、でも、王子様がなんだって一般庶民の奏の家に?
「改めまして――初めまして、内海奏様。私、エリファス・グランと申します」
長髪の男、エリファスは腹に腕をあてて、優雅に一礼した。
「王子の教育係を務めております。そして、こちらがミハイエル・デヴァ・セミナス。我が魔界の第一王位継承者にあたります」
「ま、魔界……?」
奏はぽかんとして目の前のふたりを見つめた。
魔界――それは人ならざる者たちが跋扈する闇の世界。物語の中にだけ存在する世界、だった。十年前までは。
魔界が実在するとわかったのは、いまから十年ほど前のこと。奏がまだ高校生のときだった。魔界から人間界へ接触があり、ふたつの世界のゆるやかな交流が始まったのだ。
魔族が人間界へ遊びにきているのは知っていたが、目の当たりにするのは初めてだ。魔族と気づかずに、どこかで出会っているのかもしれないが。
只者ならぬ雰囲気も、魔族だと思えば納得がいく。
モデルさながらのふたりに比べるまでもない。奏はいたって冴えない容姿の持ち主だ。
これといって特徴のない平凡な顔立ち。野暮ったい眼鏡と、その眼鏡にかかる野暮ったい前髪。野暮ったいファッションセンスに、一六五センチという低身長。外見で取り柄になるようなものはなにひとつない。
「そうです、魔界です。魔界には様々な掟があります。そのひとつが、王位継承権第一位の者は十五になったら人間界の学校へ入り、見識を深めること、というものです。十年前、人間界との交流が始まったときにできた掟です」
エリファスは笑みを湛えて朗々と語る。そのエリファスとは対象的に、王子のまなざしは冷え冷えとしている。
「我らが王子は御年十五歳。人間界の高名な高校を受験し、見事に合格なさいました。合格した結果、高校を卒業するまでの三年間を、人間界で過ごすことになった、というわけでございます」
「はあ……」
魔界の王子が高校に合格しようが落ちようが、そんなことはどうでもいい。問題はその王子が、なぜ奏の家のベランダに現れたのかだ。
なんだか嫌な予感がする。
「つきまして、王子は内海奏様の家に同居させていただくことになりました」
嫌な予感が的中した。
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