二話 王子って実はスケベだったんですね

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 マンションのドアを開けると、ダイニングテーブルに座っているミハイエルの姿があった。読書中だったらしく、薄手の文庫を片手に持っている。いや、よく見てみれば文庫ではなく小さなノートのようだ。  ミハイエルは帰ってきた奏に気づくと、じろりと睨んできた。 「遅いぞ」 「すっ、すみません……! い、いますぐ作りますから!」  ビジネスバッグを投げ出して、弾かれたように台所へ向かう。おっと、料理の前に手洗いだった。  奏はデニム生地のエプロンをかけると、近所のスーパーで買ってきた材料を取り出した。手早く作れるものがいいだろうと思い、今夜は親子丼にすることにした。買ってきた鶏もも肉の皮を剥いで削ぎ切りにし、濃いめに取った出汁に醤油、砂糖、みりんを加えたもので玉葱と共にさっと煮る。甘辛い香りが鍋から立ちのぼり、奏の胃袋を刺激した。  あとはほうれん草とお麩のお吸い物を作って、作り置きしてある副菜を二品ほど並べればできあがりだ。 「……あの、王子」  ミハイエルは台所の脇に立ち、奏の手許をじっと見つめている。ただ待っているだけだと退屈なんだろうが、あまり見られると変に緊張してしまう。視線が強いので尚更。 「も、もうすぐできますから、あの、す、座って待っててください」 「ずいぶんと手際がいいんだな」  ミハイエルは奏の言葉が聞こえなかったかのように、その場から一歩も動こうとしない。 「えっ、あ、ま、まあ……こ、こ、子供のころからやって、ますから」  玉子を割りほぐして鍋に入れる。玉子を二回にわけて加えること。それが親子丼をとろっと仕上げるコツだ。  ぴーっと音がして、炊飯器がごはんの炊き上がりを知らせた。よし、ちょうどいいタイミングだ。丼に炊きたてのごはんをよそって、とろとろの親子丼をお玉で掬って上にかける。三つ葉が欲しいところだが、今日のところは省略だ。  親子丼、ほうれん草とお麩のお吸い物、コールスローサラダ、茄子の煮びたしがテーブルに並んだ。我ながら美味しそうだ。 「いただきます」  王子はきちんと両手をあわせてから食べ始めた。今日もやっぱり日本人みたいな食事マナーだ。日ごろの態度が尊大なだけに微笑ましい。  親子丼を口へ運ぶのを、ドキドキしながら見つめる。王子の肩がぴくっと動き、口許が微かにほころんだ。  やった……! 勝った!  心の中で拳をぐっと握りしめる。  日ごろの態度が無愛想オブ無愛想なので、料理への反応がちょっとでも見てとれると、してやったりと思ってしまう。
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