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食卓は静かだった。箸が皿に触れる音が聞こえる他に物音はない。奏も、ミハイエルも無言で食事を続けている。
……会話は苦手だけど、さすがにこれでは息がつまる。
「あ、あ、あの、お、王子」
思わず口を開いたが、この尊大王子相手にどんな会話をすればいいんだ? なにを言っても、なにを訊いても怒られる予感しかしない。
「なんだ」
「あ、え、えーっと、あの、そ、そのですね」
「だからなんだ。言いたいことがあるならさっさと言え。なにもないなら黙っていろ」
「あ、あの、えっと、お、王子のお母さんって、ど、どんな人だったんで、すか」
形のいい眉がぴくっと動いた。しまった。会話のチョイスを間違えたかもしれない。
ミハイエルは黒く光る双眸で奏をじっと見つめてきた。笑うでもなく腹を立てているでもない。直向きと言いたくなるほどまっすぐな視線に、心臓がざわざわする。眼力ってこういうのを言うんだろうか。
おれが女だったらこの場で服を脱ぎ捨てて『ミハイエル様! 抱いて!』って抱きついていたかも。本人には聞かせられない感想をこっそり抱く。
「え、えっと、お、おれの顔になにか――」
「おまえに似ていたな」
「え――」
あまりに思いがけない返答に口がぽかんと開く。女の人でおれに似てるって、それはまたお気の毒な……。魔王の寵愛を受けたくらいだから、絶世の美女を想像していたのに。いや、人間は顔ではない。きっと性格がすこぶるよかったのだ。
「俺の母は瞳も髪も黒かった」
……いや、それはあなたもですよね?
似ているというからてっきり顔そのものかと思ったのに、目と髪の色だとは。ひょっとしてギャグのつもりか?
「それに肌の色も似ている」
要するに黄色人種だったということでは?
「それと、」
ミハイエルはまだ言葉を続けた。今度は奏と同じく目がふたつに鼻と口がひとつだった、とでも言うつもりだろうか。
「おまえの料理の味は、母の味つけによく似ている」
ハッとしてミハイエルの顔を見つめる。ミハイエルは特に表情を浮かべていなかったが、奏は胸を衝かれる思いがした。
「……あ、味が似てるって、ひょ、ひょっとして、お、王子のお母さんって、に、日本人ですか?」
「ああ、そうだ」
だから留学先に日本の高校を選んだのかだろうか。母親の生まれ故郷だから。
好きな食べ物を訊いたとき、王子はなにか言いかけてやめた。恐らく母親の作ってくれたものの中で、特に好きなものを挙げようとしてやめたのだ。
俺はおまえの料理が大嫌いだ――
残さず綺麗に食べておきながらなぜそんなことを言うのか、あのときはわからなかった。
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