二話 王子って実はスケベだったんですね

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 奏はぜーぜーと息を切らしながらミハイエルを睨んだ。十も年下の同性とはいえ、これほどの美形に抱き寄せられたりしたら心拍数が異常な数値を叩き出す。人の心臓を無駄に疲労させないで欲しい。 「赤い顔をしてどうしたんだ」 「おっ、王子! あ、あ、あのですね――」 「ミカでいい」 「へっ?」  瞬きしてミハイエルの顔を見つめる。 「是が非でも俺を愛称で呼びたいんだろう。許可してやると言ってるんだ。ありがたく思え」 「い、いや、誰もそこまで言ってな――」 「パンケーキは美味かったか」 「えっ? え、ええ、そりゃあもう。に、人気のお店ですし、ふわっふわで口の中で蕩けるようで……」  言葉につまったのは、ミハイエルが強い眼差しで奏を見ていることに気づいたからだ。 「え、えっと、なに、なにか……?」  返事はない。  ひょっとしてミハイエルもパンケーキが食べたいんだろうか。視線で願望を伝えるんじゃなく、口で伝えて欲しいんだけど。 「こ、こ、今度一緒にパンケーキ食べにいきます、か……?」  ついつい訊いてしまったが、ミハイエルと肩を並べて街を歩く勇気はとてもない。あの美形はなんだってゾウリムシを連れて歩いているんだ、という目で見られるのがわかりきっている。 「俺はおまえが作ったものが食べたい」  ストレートな言葉に心臓がドキッと波打つ。  父親とふたりで暮らしている間、食事は奏の役目だった。料理に興味があったわけではない。子供に無関心な父親の気を惹くには、それくらいしかできることがなかったのだ。  父親が再婚してからは毎日の食事は義母の役割になったが、誰かのために食事を作りたい、作ったものを食べて欲しいという欲求は、いまでも心の奥深いところに根づいている。  そんな奏にとって、ミハイエルの科白はかなりの殺し文句だった。 「じゃ、じゃあ、明日にでも作りますね。パ、パ、パンケーキなんて作ったことがないから、上手くできるかどうか、わ、わかりませんけど」  ミハイエルは無言で奏を見つめている。視線の圧力がすさまじい。 「お、王子、そっ、そうやって人をじっーっと見つめるのは、あ、あまりよろしくないかと……」  奏は男だからまだいいが、女だったら確実に陥落している。 「誰かと話すときはまっすぐに相手の目を見ろ。そう躾けられたんだ」  いやいや、話すときもなにも、あなた基本的に無言じゃないですか。  ふたたび無言で射貫くように見つめてくる。……これはきっと明日まで待てない。いますぐにパンケーキが食べたい。パンケーキを焼け。いますぐにだ。そう言っているのだ。  奏は溜め息を押し殺すと、鞄から財布を取り出した。 「……で、では、パンケーキの材料を買いにいってき、ます」  すごすごと玄関へ向かう後ろ姿に、 「俺は待たされるのは好きじゃない。さっさといって、さっさと帰ってこい」  世にも尊大かつ傲慢な言葉が降り注いだのだった。
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