一話 あなたは王子の同居人として見事に選ばれました

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「内海くんにとって仕事なのはわかってる。だから、偶には仕事とは関係なく、プライベートなつきあいをしたいんだよ」 「ぼ、僕と……ですか?」  意味がわからない。  おれと食事なんかしたって楽しくもなんともないのに。会話の引き出しは少ないし、そもそも人としゃべるのは極端に苦手だ。緊張のあまりどうしても吃ってしまう。仕事ならがんばってコミュニケーションを図るけど、プライベートでまでがんばりたくない。頭髪が抜ける。 「そうだよ。内海くんが担当になってもう半年になるじゃない。お互いの距離をもう少し縮めてもいいころだと思うんだよね」 「は、はあ……」  作家と担当の距離なんてあまり縮めようがないと思うのだが。  すみませんがお断りします。そう言いたかったが、相手は売れっ子作家だ。下手に怒らせて『金輪際おたくでは書かない』などと言われてしまったら、奏のクビが飛ぶ。 「わ、わ、わかりました。……じゃ、じゃあ、日にちが決まったら、れ、連絡して、ください」  奏はそう言い残して、花藤宅を後にした。  仕事が終わったら妹に電話をするつもりだったが、業務が終わったころには二十一時をまわっていた。まだ高校生の妹をこんな時間に呼び出すわけにはいかない。  奏は電車に揺られながら、妹の杏にメッセージを送った。 『進学の件だけど、どうにかなりそうだよ。これから三年間、給料とは別に毎月百万の収入が入ることになったんだ。ぜんぶ夏目さんに渡して、大学の費用と会社の資金にしてもらう。それなら大学にいけるだろ? 詳しいことは今度の休みに会って話すよ』  すぐに杏から返信があった。 『毎月百万の収入ってどういうこと? まさか悪いことでもしたの?』  いったい兄をどんな人間だと思っているんだ。奏はスマートフォンの画面を見つめながら口を尖らせた。 『悪いことなんてするはずないだろ。清らかなお金だから安心しろって。会ったときにちゃんと理由を話すから。あ、夏目さんたちにはおれから話をするからね』  夏目というのは母親の再婚相手の名前だ。両親が離婚したのはいまから十年ほど前のこと。奏は父親に、八つ年下の妹は母親にそれぞれ引き取られた。  離ればなれになってしまってからも、奏は月に一度は妹と会っていた。 『じゃあ、お兄ちゃんを信用することにするけど。でも、お金があるならまずは自分の奨学金を返しなよ。私はともかく、夏目のお義父さんのことはお兄ちゃんに関係ないんだから』  返ってきたメッセージに、いつの間にか大人になったんだな、としみじみする。少し前まではがんぜない子供だったのに、こうして兄を気づかうまでに成長したのか。 『とにかく次の週末に会ってちゃんと話をしよう。いきたい店があるならつきあうよ』 『それなら、ちょうどいってみたいパンケーキの店があるんだ。ちょっと並ぶけどいいよね』  奏はオッケーのスタンプを送った。それで話は終わりだと思ったのだが、 『お兄ちゃん、自分のことをまず第一に考えないとだめだよ。人が良いのもほどほどにしないと幸せになれないんだから』  杏は最後にそう送ってきた。液晶画面に浮かんだ文字をしばらくながめてから、スマートフォンをポケットにしまう。  そんなことを言われても――妹のおまえが幸せになってくれないと、おれだって幸せになれないんだよ。  窓の外を流れていく夜景をながめながら、心の中でつぶやいた。
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