一話 あなたは王子の同居人として見事に選ばれました

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「……ただいま帰りました」  恐る恐るマンションのドアを開ける。台所の電気はつけっぱなしだ。出かける際に切ったはずだから、王子がつけてそのままにしてあるんだろう。  奏はドアの向こうへ目を向けた。テレビの音が聞こえてくるところからすると、王子は在宅中らしい。  魔界の王子様も人間のテレビを見たりするのか。まあ、高校が始まるまであと半月ほどあるし、することがなくて退屈なのかもしれない。  奏はドアの前に立つと、思い切ってノックした。 「あ、あのー、あっ、開けてもいいですか」  だめだと言われたらどうしよう。パソコンも着替えもこの部屋においてあるのに。 「入れ」  許可が出て、ホッとする。ここはおれの家なのに、なんでこんなに立場が弱くなってるんだ、という疑問はあったが。 「し、し、失礼しまーす……」  ドアを開けて、ぎょっとする。ベッドや床の上に食べ物の包みや袋が散らばり、さらには本が何十冊も引っ張り出されている。本棚に並べてあったものだけではなく、ダンボールに入れてクローゼットにしまってあったものまでだ。 「あ、あ、あの、こ、これはいったい」 「退屈だったから、おまえの本を読んでいた」  ミハイエルはベッドの上で悠然と脚を組み、奏を見ようともしないで手にしている文庫本をぱらぱらとめくっている。どうやら日本語を話すだけではなく、読みも堪能なようだ。日本の高校に受かったんだから当然か。  読むのはいいけど元あった場所に片づけておいてよ、と言いたいが言えない。 「……え、えーっと、ゆ、夕食は、た、食べたみたい……ですね」  奏は溜め息を堪えて、散らばっている食べ物の包みをながめた。パッとみたところおにぎりやサンドイッチ、それにお菓子ばかりで、これではビタミン、ミネラル、タンパク質が不足している、とついつい母親じみたことを考えてしまう。魔族にも五大栄養素が必要なのかどうかは知らないが。 「おまえはこれから食べるのか」 「え? ええ、ま、まあ……」  黒々とした瞳にじっと見つめられて、思わずたじろぐ。本人はただなんとなく見ているだけなのかもしれないが、ミハイエルの眼差しには魔力がある。じっさい魔力の持ち主なのだが、それとは違った意味で人の心を捉える力がある。 「え、えっと、なにか……?」 「…………」 「あの、ひょ、ひょっとしてまだ、た、食べたりない……とか……?」 「…………」  無言の圧力がすごい。 「う、うどんを作るつもりなんですけど、よ、よ、よかったら王子も――」 「そこまで言うなら食べてやろう」  言ってない。誰もそこまで言ってない。ツッコミは心の内に留めておく。
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