36人が本棚に入れています
本棚に追加
25 再開
♢♦♢
~とある霊園~
ソサエティの事件から早くも1週間が経った――。
日本全土を震撼させた猟奇テログループの事件と逮捕報道は、連日マスコミやニュースでも大々的に取り上げられた。
取り残された人達も皆無事に解放され、最初の爆破で数名が怪我を負ったものの、その後は誰1人として犠牲者は出なかった。いや……正確には1人だけ出てしまったが、それでも、6年前の様な大きな悲劇が再び起きることなく、警察は今度こそ奴らソサエティを完全に掌握したのだった。
事件が終わった後も、ここ数日は毎日慌ただしい。
そんな日々が今日で丁度1週間。やっと少し落ち着いて時間が出来た。
「――午後また報告書やらなきゃ。最悪」
「まだその溜めてる癖直らないのかお前。呆れるぞホント」
「甘いな。今回報告書が溜まったのには正当な理由がある」
時間が出来た俺とシンは、ある霊園に来ていた。事件じゃない。完全に私用だ。
霊園には当たり前の様にお墓がある。それも数え切れないぐらい。そんな中、俺とシンはある1つの墓の前で歩みを止めた。
「久しぶりだな……って、お前は“初めて”か。千歳」
「ああ」
俺達の前の墓には“白石家之墓”と文字が刻まれていた。
一真がいなくなってから6年。俺は1度も一真の墓に来られていなかった。
来られなかったというより、一真をこんな目に遭わせたソサエティの奴らを捕まえるまでは、ここに来てはいけない気がしていた。
いつか奴らを捕まえたらここに来ようと思って早6年。随分待たせたな一真。
「今更しんみりするのもどうかと思うぜ俺は」
「してねぇよ。男2人でそんな事してたら気持ち悪いだろ」
「それは言えてる。一真も化けて出てきそうだ」
そんなくだらない事を言いながら、俺はポケットから1枚の紙を取り出した。
「見ろ一真! 時間掛かったけど、お前との約束守ったぜほら」
「おお。滅茶苦茶びっしり書いてあるなこの“報告書”。お前がまとめたのか千歳」
「当り前だろ。これを仕上げる為に他の報告書全部後回しにしたからな」
「それもどうかと思うぞ。一真も絶対呆れてるわ。俺には分かる」
「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ」
そこからほんの数分、俺達は何気ない会話で盛り上がった。
「――それにしても……まだ“あの時”の映像が頭から離れないよ」
「俺だってそうだぜ。っていうか、アレ見ていた人達は大体そうじゃないか?」
「俺はサイバーテロ課だから普段現場を見る事はあまりないが、お前やSATの人達はあんな大変な所にいるんだな」
「毎回じゃないけどな流石に。アレだって稀な方だろ。いくらSATが出動する事件でも、中々“犯人を仕留める”まではいかないさ」
「だよな。でも、あの時は誰もが撃たないとマズイって思っただろ?」
「そうだな……」
そう。
この事件のまさに最後。
婆さんがSATに囲まれていたあの瞬間。本部長からも発砲許可が出た最後の警告だった。指示通り、SATが婆さんに最終警告をした直後、大人しく降伏するどころか、婆さんは大声で笑いながら皆に向かって爆弾のスイッチを押す素振りを見せたのだった。
それも一瞬の出来事。
婆さんが動いたのを見て、反射的にSATの2、3名が婆さん目掛けて発砲。
撃たれた婆さんは手に持っていたスイッチと自身の体から流れ出る血と共に、ゆっくり地面へと倒れていった。
爆破のスイッチは、押される前にSATが的確な判断と狙撃で見事に阻止をしたが、その後の調査によると、婆さんが持っていたスイッチは偽物。ただスイッチの形をしただけの玩具同然の物だったと言う。あの時感じた俺の直感通り、婆さんは初めから死ぬつもりだったのだ。
これも後から分かった事だが、婆さんは病で余命が僅かであったらしい。そしてそれがきっかけで、またこの事件を起こそうと思い立ったと、捕まったソサエティの奴らが供述した。何とも身勝手で決して許される事無い、人の命を弄んだ非情な行為。
奴らが事件の初めから言っていた。恨みある警察への清算と制裁。
それも後の彼らの事情聴取や全科から明らかになった事だが、これについては同情の余地がまるで無い。ただ自分達が犯した罪を認められない、警察への逆恨みだった。
犯行の動機はたかが逆恨み。
しかし、その恨みや憎しみがこういった形で人の命を奪う凶器に変わると思うと、それはとても恐ろしく軽視など出来ないものなのだ。
だが、だからと言って婆さんが亡くなった事が正しいとは誰も思っていない。しかしそれと同時に、発砲した事を責める者もまた0だ。あの時あの瞬間、発砲をしたSATの人達の判断は正しかったと思う。
仕方がない。
言葉にすると無情にも思えるが、それもまた仕方がない。それ以上もそれ以下もないのだ。少なからず、多くの人の命を奪ってしまったのもまた事実なのだから。
「刑事になって色々な人に出会ったけど、いつまで経っても、人が人の命を奪う事に理解は出来ない。そこにどんな理由や真逆の価値観があろうと、それをやる権利は誰にも無いだろ?」
「そうだな。その勘違いの権利を人に振りかざす事を防ぐのが、俺達警察の務めだ。これから先も、無意味な犠牲者は出てほしくないし出したくない。救える人は限られているかも知れないが、それでも目の前の人を救えるならそれでいい」
「おいおい、何急に語り出してるんだよ。お前も“詩人”希望なのか? 恥ずかし」
「なッ⁉ お前が先にしんみり感出して浸っただろ今!」
「いや、そんな事してねぇし。マジで恥ずかしいわ~。俺だったらそんな生き恥曝して生きていくのなんて無理だな」
「ふざけんなッ!」
――プルルルル……プルルルル……!
2人で話していると徐に携帯が鳴った。
「鳴ってるぞ」
「ああ。……もしもし、こちら黒野。どうした?」
掛けてきた相手は碧木だった。
「どうした? じゃないですよ黒野さん! 何処ほっつき歩いているんですか!」
何故いきなり怒られているんだ俺は。しかも後輩に。
「相変わらず元気一杯だな、お前の後輩は」
碧木の声が余りに大きかったのか、横にいたシンにも聞こえた様だ。
「何だよいきなりお前は。早く用件を言え」
「呑気な事言ってる場合じゃないですよ! 今特殊捜査課に立てこもりの通報が入りました! 直ぐに現場へ向かって下さい! 私も向かっています! 場所は携帯に送りましたからね! 急いで下さいよ!」
そう言って電話が切れた。
「ったく、これが後輩の態度かね?」
「いいから早く現場に向かえ」
「そうだな。ササっと捕まえてくるわ」
「報告書も溜まってるしな」
「げッ、忘れてた。ちくしょ~……まぁそんなのは後だ。またなシン!」
「ああ。用心しろよ」
「分かってる。お前も詩人に転職する準備でもしとくんだな」
「うるせぇ! さっさと行け!」
俺は車に乗り込み、直ぐにパトランプを付けエンジンを掛けた。
――ブォォォンッ!
「よし。行くか――」
完
最初のコメントを投稿しよう!